第八十二話 雌雄
一応ではあるが、十文字焔の槍の間合いと、速さの目安を確認した小天狗は、それが彼の何割の力かまではわからないものの、今度はちゃんと懐に入ってみることにした。
まるで瞬間移動したかのように、十文字焔の射程内に現れた小天狗を、十文字焔の槍が薙ぎ払った。
それを小天狗は二本の木刀で受けたが、払った槍の勢いは凄まじく、滑るように数メートル押し返された。
(力もあるのかよっ‼︎)
十文字焔は蘇童将軍のように、着物の上からでもわかるほど、筋骨隆々というわけではなく、均整のとれた体格で、身長も小天狗より少し高いくらいである。
おそらく、彼の着物の下には、槍の扱い同様に鍛え上げられた、無駄一つない筋肉が隠されているのであろう。
小天狗は、十文字焔の筋力のポテンシャルを、見誤っていた自分を反省し、改めてこの試合に勝つことの難しさを思い知らされた。
(入れ知恵されたからといって、今の動きは出来ない!)
十文字焔も小天狗の動きに驚き、小天狗に対しての偏見を捨てた。
(剣術自体はまだ甘いが、何なのだ、この気の練度の高さは⁉︎)
どこがどうというわけではない、刃王の国の剣士たちが使うのは、ほぼ『闘気』であり、たまに(十文字焔が思う)邪道な『導気』を、操る者もいるが、
この小天狗という若者は、攻防の一つ一つの動きに、違った気の使い方をし、動きの予測がつかない難敵であった。
小天狗は、全身の気を高めるように見せかけて、ほんの数ミリ宙に浮いた。
地に足が着いていない分、打ち込みは軽くなるが、動きは速くなり間合いも広く取れる。
そして、この試合は殺し合いではなく、相手から一本取ればいいのである。
小天狗は軽く地面を蹴り、左手を前に滑るように突きを繰り出した。
対する十文字焔は、槍の連撃を繰り出したが、小天狗は左手の木刀の切先から、半分開いた傘のように、円錐状に防御の気を張り、連撃を受け流しながら、十文字焔の懐に入っていった。
十文字焔にも、防御の気は見えてはいたが、まさか僅か数ミリだけ、宙に浮いているとは思いもよらず、その木刀の長さ以上に、どんどん間合いを詰めて来る、小天狗の踏み込みに、表情にこそ出さないが驚き戸惑った。
それでも、その切先が届く寸前、十文字焔は槍を縦に回転させて、柄の部分で小天狗を弾き上げた。
小天狗は、もう一方の木刀でそれを受け、そのまま宙空高く飛ばされた。
(何だ⁉︎)
十文字焔には、弾き上げた手ごたえが全くなく、自分から跳んだようにも見えなかったのに、何故こんなにも簡単に小天狗が飛んだのか、その時には理解出来なかった。
しかし、観衆は十文字焔の槍のパワーだと思い、大歓声をあげて十文字焔の勝ちを確信すると、落ちてくる小天狗をいかに仕留めるのか、期待して見守った。
(やっぱ届かなかったか…)
弾き上げられる勢いに、自分の飛行の気を少し加えて、十数メートルの高さまで上がった小天狗は、大の字に両手両足を開き、コンマ数秒宙にとどまり、十文字焔との距離を測った。
(ギリギリまでは、自然落下して…)
その短い間に考えをまとめた小天狗は、二本の木刀を身体の前で交差させた、防御体勢を取りながら、頭から落下していった。
防御の気を張ったところで、空中では逃げ場は無く、逃がすつもりもない!
十文字焔は、ここで勝負を決めると決意して、一気に闘気を高めて構えると、落ちて来る小天狗に集中した。
(そうくるよね!)
小天狗は、十文字焔の射程一メートルほど前で、左手の木刀を打ち込むフリをして、十文字焔に投げつけた。
十文字焔はすかさず槍を突き上げ、十字の枝の部分で受けて木刀を弾くと、そのまま次の攻撃に移ろうとしたが、
(何っ⁉︎)
槍を突き上げた体勢のまま、動けずに固まった。
小天狗は身体を半回転させて、足からふわりと着地。
と、同時に右手の木刀を、十文字焔の喉元に突きつけていた。
「参った…」
十文字焔は突き上げた状態の槍を下ろし、敗北を認めた。
「勝負あり、勝者、尾上小天狗!」
高らかに蘇童将軍の声が響いたが、観衆たちは何が起こったのかわからず、ざわついている。
「やっぱり二刀流はイイねぇ!」
何が起こったのかが、ちゃんと見えていた多々羅銅弦は、親指と人差し指で口髭を撫でながら、そう言って笑い。
「殺し合いじゃなきゃ、彼は最強かもね」
柘植暗鬼は、改めて小天狗の機転と、器用さに驚いていた。
「今のは、咄嗟の思いつきか?」
初めて敵意のない眼で、十文字焔が小天狗に話しかけた。
「ええ、上から見た時に…」
小天狗がした説明はこうである。
槍の場合、横に前後に突く動きの速さに比べ、真上への上下の突きは少し鈍る。
加えて、人の身体は伸びきった状態が、一番無防備で力が入れ辛いため、一瞬の隙が生まれる。
なので、小天狗は木刀を投げ、それを払わせることで、一瞬の隙を作ると同時に、左手の気を伸ばして、槍の支点でもある右手を掴み、身体を伸ばした状態に固定し、十文字焔を動けなくした。
結果、十文字焔は自分が
「君をみくびり、無礼な態度をとって申し訳なかった…」
そう言って、十文字焔は頭を下げ、
「私は…思い上がっていた自分が…恥ずかしい…」
うつむいたまま肩を震わせた。
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