第八十一話 対戦

「暗鬼さん、これ預かっててもらえますか?」

 

 小天狗は首に巻いていた、九尾の尻尾を外して、暗鬼に渡した。

「いいのかい?私なんかに渡して?」

「信用してます!あと、白露様に暗鬼さんのこと、話しておきました」

「御神獣の白露様に?何と⁉︎」

 暗鬼の目が輝き、身を乗り出して聞いてきた。

 

「試合が終わってから話します」

 小天狗がもったいをつけると、

「それじゃ、この尻尾を持って逃げられないな、なかなかの策士だねキミは!」

 口角を少しだけあげて、暗鬼は笑い、

 

「一泡ふかせてやってくれ!でないと私の方が、十文字より弱いってことになる」

 そう言って肩を叩いた。 

「ハイ!」

 小天狗も暗鬼の真似をして、口角を少しだけ上げて笑った。

 

 

 十文字焔は、槍先にタンポのついた、その名の通り槍身に十文字の枝のついた、十文字槍の木槍を手に、入念な素振りをしている。

 

 小天狗に柘植暗鬼が近づき、更に多々羅銅弦までが、何か入れ知恵していたのが視界に入り、少し苦々しく思ったが、入れ知恵されて困るような欠点は自分には無い。

 十文字焔は素振りをすることで、余計な邪心を払い、集中力と気を高めていった。

 

 

 小天狗は、離れた位置で素振りをしている十文字焔の動きと、気の状態を観察して少し驚いた。

 さっきまでの刺々しさがなくなり、穏やかとも言える、洗練された強大な闘気に包まれ、無駄のないその槍捌きは美しかった。

 

(性格はアレだけど、さすが剣士隊筆頭だけはあるな!)

 

 

 自ら審判に名乗り出てくれた蘇童将軍が、両者を広場の中央に呼び込み、禁止事項を伝え左右に分けると、二人を取り囲んだ観衆から歓声が上がった。

 

 もちろん、銅弦と暗鬼を除いて、小天狗のことを知る者はいないが、あの十文字焔が直接相手をし、審判を蘇童将軍が務める!

 それだけで、目の前の青年の実力を期待するには充分だった。

 

 加えて、耳聡い者が、

「あの兄ちゃん、尾上の家の者らしいぜ!」

 小天狗の素性を口にすると、

「ホントか⁉︎そりゃ期待出来るな」

「黒曜丸隊長くらい強けりゃ、十文字隊長もヤバいかもな!」

 観衆の期待は更に上がった。

 

 

 小天狗と十文字焔は五メートルほど離れた位置で対峙し、

 小天狗は右足を前に、両方の木刀を脇を少し開いて下げた状態で構えている。

 一方の十文字焔も右足を前にして、槍を低く水平に近い位置で構え、その槍の長さをわかり難くしていた。

 

 槍のことは素人の小天狗ではあるが、十文字焔の構えには、まるで隙がなく、そして美しかった。

(この人、やっぱ本物だな!どんだけ稽古すれば、こうなれるんだろ?)

 自分でも意外だったが、小天狗は冷静であった。

 

 

「始めっ!」

 蘇童将軍がよく通る声で、開始の号令と合図をすると、割れんばかりの歓声が上がり、試合会場は盛り上がった。

 

(立場的にも年齢的にも、コッチは挑戦者だと思われてるだろうから、挑戦者らしくっ!)

 じっくり相手の出方を見てから、動いてもよかったのだが、槍の間合いと軌道、速さを確認するために、小天狗は先に踏み込んだ。

 

 十文字焔は、小天狗が自分の射程に入ったとみるや、十手近い突きを繰り出した。

 おそらく観衆の中で、その手数を確認出来たのは、ほんの数人であろう。

 それは的確に、小天狗の急所をめがけて放たれていた。

 

 (⁉︎)

 細い目を見開き、十文字焔は小天狗を睨みつけた。

 

 実際には、小天狗が挑戦者らしく踏み込んだのは、一歩だけであった。

 しかし小天狗は、踏み込んだ勢いそのままに、全身を模した逆残像のような、気だけを前方に押し出していた。

 そして十文字焔は、射程に入ったその気の圧に対して、槍を放っていたのである。

 

 なので、ほとんどの観衆の目には、一歩だけ近づいた小天狗に対し、力の差を見せつけるかのように、目にも止まらぬ槍捌きで、十文字焔が牽制したかに見えた。

 

 気を目視出来、槍の動きも見えていた、柘植暗鬼と多々羅銅弦は顔を見合わせ、小天狗の気のフェイントに苦笑いし、

 一番近くで見ていた蘇童将軍は、目の前にいる青年の、気の練度の高さに驚いていた。

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