第八十話 挑発
十文字焔は不機嫌そうに席を立ち、
「無礼ですか?ですが、彼は一体何者なんです?」
小天狗を指差すと、
「尾上家の遠縁とはいえ、この年齢で実力者なら、噂の一つくらい聞こえてくるというもの、現に若い頃の黒曜丸隊長や、その弟の銀嶺郎君の噂は、私の耳にも入っておりました!」
(噂でしか人のこと判断出来ないって、剣士隊筆頭が聞いて呆れるよ)
小天狗は、敢えて皆に聞こえるように、心の声でつぶやいた。
多々羅銅弦だけはニヤリと笑い、蘇童将軍と十文字焔は驚いて小天狗を見た。
「何故、貴様がそれを⁉︎」
苦々しい表情で十文字焔が聞いてきた。
(これが出来ないと、御神獣様とは話せないし、メルラさんとどうやって話してたと?)
多々羅銅弦と蘇童将軍は顔を見合わせ、この肚の座った若者の頼もしさに、にんまりと笑顔を見せたが、十文字焔だけはイライラが募って、
「だから何だと言うんだ!御神獣と話せたら、その強さが手に入るとでもいうのか?」
実際のところ『白露の珠』をもらい手に入ったのだが、話すのも面倒なので、
「どの程度強ければ、認めてくれるんですか?」
軽く挑発してみた。
引くに引けなくなった十文字焔は、
「衛兵!うちの隊の副長を呼べ!」
と、大声で外の衛兵に指示を出した。
十文字隊長に指示され、急いで一番隊副長を呼びに向かおうとした衛兵は、目の前にいきなり現れた男に制され、戸惑いながらも従った。
「キミのところの副長じゃ無理だよ」
外で衛兵を制した男が、幕舎に入って来ながらそう言った。
「彼には私も勝てなかったからね!」
入ってきたのは、柘植暗鬼であった。
十文字焔はもとより、笑顔で成り行きを見守っていた蘇童将軍と多々羅銅弦も、その言葉には驚き、
「本当かい、柘植くん⁉︎」
多々羅銅弦が目を輝かせて尋ねた。
「探索方がウソの報告はしませんよ」
そう言いながら、暗鬼は小天狗に目くばせで挨拶をした。
暗鬼の登場と言葉で、いよいよ引っ込みがつかなくなった十文字焔は、
「それはおみそれした、そんなに強いなら、その実力、是非とも直に確かめたいものだ」
と、言葉は丁寧になったが、目には怒りをたぎらせて、小天狗を挑発してきた。
「え?試合ですか?」
尾上家でもそうだったが、この刃王の国では、闘うことが日常茶飯事で、力試し的な試合を、するのも観るのも大好物のようで、蘇童将軍も銅弦も暗鬼も、誰一人として止めることなく、期待に満ちた目で成り行きを見守っている。
「いいですよ」
そんなこの場の空気に、仕方なくという言い訳を自分にしつつ、剣士隊筆頭の実力を見てみたい欲望に負け、小天狗は試合を承諾してしまった。
幕舎の前の開けた場所を、十文字焔が試合をすると聞きつけた兵士たちが、遠巻きに取り囲んでいた。
小天狗の側に、柘植暗鬼が近づき、
「十文字の得物は槍、とにかく速くて手数も多くて正確だが、キミならついていけるだろう」
「ありがとうございます、暗鬼さん」
アドバイスをくれた暗鬼に礼を言うと、小天狗は並べられた木刀の中から、短めの木刀二本を手に取った。
そこに多々羅銅弦もやって来た。
「小天狗くんも二刀流か!私もだよ」
そう言うと、小天狗より長い木刀を二本選び、
「二刀流の強みは何だと思う?」
ニヤリと笑って問いかけた。
「攻撃と防御がですか?」
「それもあるが、一番は…」
「一番は?」
「カッコいい!」
ドヤ顔で銅弦にそう言われ、小天狗は拍子抜けした。
「で、二番目が間合いの広さだね」
「間合いの広さ?」
カッコよさの方は少しわかる気がするが、間合いの広さを意識したことはなかった…。
「両手を横に広げてみてくれる」
銅弦に言われた通りに両手を広げ、小天狗は言われた意味を理解した!
間合いを攻撃範囲とする場合、単純に考えれば一刀も二刀も、刀の届く距離は同じである。
しかし、それは攻撃が一手だけの場合で、二手以降を考えれば、一刀より早く二の手を繰り出すことが出来、必然的に間合いも広がる。
更に、一個の武器として自分を考えた場合、両手を広げたこの長さが、最長の間合いになるのだ。
もちろんこれは、それを活かすだけの力量がなければ、意味をなさないのだが、銅弦は小天狗の力量が、それが可能だと思っての助言であった。
「難しいだろうけど、十文字隊長の槍相手に、どこまで出来るか見せてもらうよ」
銅弦はそう言って背中を向け、右手を上げ去って行った。
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