第七十八話 対面

 刃王軍の陣営、指揮官の幕舎。

 

 朝の早い時間ではあったが、蘇童将軍は幕舎にいた。

 

 鱗王軍の総指揮を執るメルラは、明日には辰巳野の砦を引き渡すと、約束して帰った。

 残念ながら、辰巳野の砦からこの陣営に来られた者は、怪我をした者も含めても、半分にも満たない。

 亡くなった者、怪我をした者の数を正確に調べ、補償をするための資料の確認。

 更に、砦を守る人員の補充のため、各持ち場の欠員をまとめる作業、そして追加人員の要請と、

 その責任感の強さで、本来なら蘇童将軍が携わる必要のないことまで、時間を惜しんで作業していた。

 

 そこに、警備の兵が駆け込み、

「将軍に面会したいという若者が!」

「こんな朝早くにか?」

「ハイ、尾上小天狗と名乗っておりました」

「それを先に言ってくれ!」

 

 蘇童将軍は、華鈴たち黒曜丸の家族が来た時同様に、警備の兵を後に陣営の入口に向かい駆け出した。

 

 

(来るのが早すぎたかな?)

 

 警備の兵たちに胡散臭い目で見られ、一応伝えに行ってくれはしたが、面倒臭そうにのんびり行かれた姿を見て、小天狗は少し気分を害していた。

 

(もうちょっと待って、誰も来なかったら帰ろ!)

 既に十分ほど待たされ、拗ねモードに入りかけた時、まるでレベルの違う気が、凄い勢いで近づいて来るのを感じた。

 

(何でこの人、こんなに急いでるんだ⁉︎)

 

 目の前の警備の者には悪いが、彼らの気は雑魚キャラ程度なのに対して、近づいて来ている者の気はラスボスクラスで、高めていない状態でもかなり大きく、練度の高さも相当なのが感じとれる。

 殺気ではないので、そこまで警戒する必要もないのだろうが、小天狗は対応出来るだけの気を纏える準備をした。

 

「すまない、こんなに早く来てもらえるとは、連絡が行き届いておらず、申し訳ない!」

 

 笑顔で駆け寄って来たのは、小天狗より背は低いが、筋骨隆々な髭面の中年男性で、その人当たりの良い雰囲気からは想像出来ない、強い気を秘めているのがビンビン伝わった。

 

「私はここの責任者の、樹蘇童という者だ。よく来てくれたね、小天狗くん」

 その雰囲気通りに、蘇童将軍は気さくに話しかけてきた。

 

(この人が蘇童将軍か、いい人そうだな)

「尾上小天狗です、よろしくお願いします」

 小天狗は、警戒していたことを悟られないように、気を直ぐに纏える状態を解くと、リラックスして挨拶した。

 

 蘇童将軍に促され、指揮官の幕舎に向かいながら、

「昨日、メルラさんが来られていたそうですね」

 小天狗は、気になっていた停戦交渉のことが聞けるかと、メルラの話題を振ってみた。

 

「うむ、恥ずかしいことだが、私は鱗王軍の者たちを、どこか偏見を持ってみていた…」

 蘇童将軍は、初対面の小天狗にも飾ることなく、メルラの印象を語り始めた。

「我が国に敬意を表し、自国の非を認め、私的な感情は二の次に、両国にとっての最善だけを考えようとする…」

 その言葉にはメルラへの、尊敬の念が入っていた。

「補償の問題は難航するかと思うが、彼女がいることで、これからの両国関係は、良い方向に進展すると思う!あれだけの人物は、我が国にもそうはおらんよ」

 

 蘇童将軍が正直に話してくれたので、

「実は自分も爬虫る…、ヘビとかトカゲが大の苦手で、最初に会った時は複雑な気持ちでした」

 メルラには言えなかった本音を吐いた。

 

「小桜山を護る、御神獣様は白蛇だそうじゃないか?君もよくよく運がないな」

 蘇童将軍は豪快に笑った。

「おかげでかなり慣れましたけどね」

 そう言いながら小天狗は、その苦手意識がかなり減っていることを、改めて感じた。

 

「その小桜山での一件のことだが…」

 

 タイミングよく、司令官の幕舎に着き、

「中で詳しく聞かせてもらえるかい?」

 少し引き締まった表情で、蘇童将軍は本題に入った。

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