第七十六話 振動

 華鈴、小桜、銀嶺郎の三人は、蘇童将軍が用意してくれた馬車で、小桜山まで送ってもらった。


 小桜山のお社で小天狗と合流し、黒曜丸に面会を拒否されたことと、メルラに会ったことを話し、

 そして、蘇童将軍たち三将が、小天狗に面会したいとの伝言を伝えた。

 

 小天狗は、来た時同様に一人ずつ、御池の尾上家に送り届け、また小桜山に戻った。

 

 

「将軍たちからの呼び出しかぁ…」

 

 師匠の天狗の言っていた、引きの強さがここでも出たか?と、小天狗は苦笑したが、この国の将軍と、新たな剣士隊隊長二人に会えるのは、楽しみだった。

 

 日も沈み、夜の小桜山はほぼ真っ暗だが、月灯りと満天に瞬く星々が、お社のある山頂のひらけた場所を、微かに明るく照らしている。

 小天狗は横になって夜空を見上げながら、自分でも知っている星座を探してみたが、見つけることが出来なかった。

 

「やっぱ異世界なんだよなぁ」

 

 小天狗は先日編み出した、蜘蛛の巣状の気を、半径五十メートルくらいほどに引き伸ばして張り、同じものを二つコピペすると、上中下と三段にして、気を消して接近するモノに備えた。

 

 あちらの世界にいた頃から、気を張った状態で睡眠をとる訓練をしていたので、小天狗はこの状態で眠ることができる。

 ただし、必然的に眠りは浅くなるため、少し早く眠りについて、睡眠時間を長くとらなければならないが、星を見る以外することのないこの場所では、その心配はなかった。

 

 張り巡らせた蜘蛛の巣状の気に、時折り夜行性の動物が触れ、瞬間的に浅く目覚めることはあったが、何事もなく夜の時間は流れ、浄化されたかのように、空気が澄んで感じられる夜明け前、その空気が、いや、小桜山自体が微かな振動を始めた。

 

 その異変に小天狗は目を覚まし、蜘蛛の巣状の気を解除すると、全身の気を高めその震源を凝視した。

 異変の元の震源は、結界に護られた抜け穴で、その辺りだけ振動が強くなり、それは這い出すように現れた!

 

 自分が移動する時には、光の繭に包まれた状態になると聞いたが、それは閉ざされた抜け穴をこじ開けるかのように、まず異形なトゲのついた黒い脚を出し、次に小刻みに口と触覚を動かしながら、黒い頭を突き出した。

 

「でかっ!」

 思わず口にしてしまうほど、その抜け穴からの訪問者は、小天狗の見知ったそれとは、あきらかに大きさが違い過ぎていた。

 

 抜け穴から出て来ようとしているその訪問者は、中型犬ほどの大きさのコオロギであった!

 

「フラグはコッチかよ⁉︎」

 

 自分がいたあっちの世界には、もちろんこんな巨大なコオロギはいない。

 ということは、また別の世界か、この世界の別の場所からの、平行移動で現れたのであろうか?

 

 とにかく、このサイズの昆虫と闘った経験など無いし、その身体能力がいかほどのものなのか、想像すらできない。

 全身が出てくる前に潰した方がいいのか、迷っていたその時であった!

 

 背後でいきなり巨大に膨れ上がった気が、あきらかに殺意を持って、小天狗めがけて襲いかかって来た!

 後ろを振り返ることなく、小天狗は真横に飛んでその攻撃を避け、身体を半回転させながら、首に巻いた九尾の尻尾を外すと、尻尾に気を込めて次の攻撃に備えた。

 

 しかし、攻撃されたのは自分ではなかったようで、小天狗が見せられたのは、

 巨大なコオロギを頭から咥え、飲み込もうとしている、小桜山を護る御神獣の白蛇、白露のお食事風景であった…。

 

(白露さま…)

(悪いが、飲み込むまで待つのじゃ)

 

 小天狗は、角のある巨大な白蛇が、裂けるほどに口を開けて、こちらも巨大なコオロギを、ゆっくりと飲み込もうとしている、教育番組で放送されるようなシーンを、しばらくの間、観察させられた。

 

(すまぬ、待たせたの)

 巨大コオロギを完全に飲み込み、その太い胴体を更に太くさせ、白露は小天狗に声をかけた。

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