第七十五話 因縁

 刃王軍の陣営、指揮官の幕舎。

 

 停戦交渉に来た、鱗王軍の総指揮官メルラを囲み、蘇童将軍、一番隊隊長十文字焔、二番隊隊長多々羅銅弦に加え、小桜山での状況を知り、メルラと親交のある尾上銀嶺郎も、助言役として交渉の席についている。

 

 遅れて幕舎に到着した、母の華鈴と姉の小桜も、隅での同席を許された。

 

 今回の鱗王軍の侵攻が、元の総指揮官バレ将軍の、個人的な目的のための進軍で、小桜山を奪うためのものだったことは、メルラから伝えられ、

 そのバレ将軍は、小桜山のお社を護る御神獣白露と、尾上家の遠縁にあたる、尾上小天狗という者が倒したと、銀嶺郎が加えて説明した。

 

(なので、既に我々には侵攻の目的も、継続する理由もありません!辰巳野の砦もお返しする準備を始めております)

 そう言ってメルラは頭を下げた。 


「この戦の原因と、停戦を申し出た理由はわかりました」

 と、落ち着いた声で蘇童将軍は答えたが、

 十文字焔は納得がいかず、

「個人の私的な理由で、これだけのことをするとは、そちらの国の軍規はどうなっているのだ⁉︎」

 声をあらげてメルラに詰め寄った。


「かなりの犠牲者も出てますからね…補償問題はどうされる、おつもりですか?」

 十文字焔を制しながら、多々羅銅弦が聞いた。

 

(具体的なことは、国に持ち帰って検討してからになりますが、非は全てこちらにあります…責任を持って国に伝え、善処出来ればと考えております)

 犠牲者は自分たちの側にも出ている。

 しかし、その言葉を飲み込んで、メルラは深く頭を下げた。

 

「余談ではありますが、銀嶺郎君のご一家が、何故この陣営にいるのかは、聞かれましたか?」

 蘇童将軍に聞かれ、メルラは銀嶺郎の言葉を思い出した。

(確か、兄の見舞いと…)

 

 迂闊であった!


 銀嶺郎の明るい調子に、彼が犠牲者の家族であることに、今の今まで気付かずにいた。

 メルラは、銀嶺郎とその家族を見て、

(すまない…こんな当然のことに気もつかず…)

 椅子から立ち上がって頭を下げた。

 

「大丈夫ですよメルラさん、左腕は失いましたが、兄は生きてますから」

 銀嶺郎は変わらぬ様子でそう言って、メルラに近づいて肩に手を置いた。

 

「彼の兄も、ここにいる二人同様に、剣士隊の隊長でね、中央の戦場で先陣をきって闘い、そちらの銀色の勇者と戦って負傷し、戦線を離脱したのだ」

 

 蘇童将軍のその説明に、メルラは目を丸くして、

(あ…あの、鬼神の如き黒い悪魔が、キミの兄だったのか⁉︎)

 そのまま力が抜けたかのように膝を着いた。

 

「メルラさん、兄上を知ってるんですか?」

 再びメルラの肩に手をかけて、銀嶺郎は聞いた。

 メルラはゆっくりと、その手を払い…、


(あの戦場で指揮をとっていた私は、キミの兄に標的にされたのだ…)

 

「えっ⁉︎」

 銀嶺郎だけではなく、その場にいた全員に緊張が走った!

 

(ちょうどその時、私の副官のジレコが、バレ将軍の不審な動きを報告に来て、そのまま私を送り出すための盾となり、キミの兄と闘うことになってしまった…)

 その目に涙を溢れさせ、メルラは銀嶺郎を見ると、

(血のつながりこそないが、養女に出された家で、ジレコと私は兄妹のように育ち、ジレコは私の唯一の理解者で、家族以上の存在だった…)

 

(これは私たちがしかけた戦争だ、我が軍の犠牲者になった者たちには申し訳ないが、貴国の兵士を恨むことは間違っている…)

 メルラは感情を抑え、言葉を選びながら話し続けた。

(そう、間違ってるのはわかっている、しかし…私人としての私の中で…キミの…キミの兄だけは…)

 メルラはそこで言葉をつまらせ、うつむいて両の手を膝につくと、肩を震わせた。

 

(ごめんなさい…)

 メルラの頭の中に、初めて聞く声が響いた。

(兄が…ほんとうに、ごめんなさい…)

 声の主の方を見ると、両手を胸の上で重ね、大粒の涙をポロポロと流す、銀嶺郎の姉と紹介された少女がいた。

 

 何故、この少女は私のために泣き、心の底から謝ってくれているのだろう?

 ジレコは最後の抵抗で、少女の兄の腕を食いちぎったというのに…?

 

 メルラは目の前で、目にいっぱい涙をためて自分を見ている銀嶺郎の手を取り、軽く握ると自分の席に戻った。

 

(取り乱して申し訳ない、我が国と貴国の間で、これ以上悲しむ者たちが増えぬよう、何卒ご協力願いたい)

 己れの役割の重要さを、身に染みて感じたメルラは、毅然とした態度に戻り、交渉を再会した。

 

 蘇童将軍たち三人の将は、鱗王の国に対して、腹の中では(所詮はトカゲの国)と、どこか小馬鹿にした気持ちがなかったとは言えない…。

 しかし、メルラの気高さと真摯な態度に、考え方を改めさせられた。


 以後、停戦交渉は、この場では決められない補償問題を除いて、順調に進み締結されることになる。

 

 銀嶺郎たち尾上家の家族は、交渉が再開されたあと、しばらくして、帰路につくために幕舎を後にした。

 

 別れ際、銀嶺郎とメルラは、

「メルラさん、元気で」

(ああ、キミもな)

 短い言葉と、ぎこちない笑顔を交わし、互いの手を握った。

 

 複雑な感情は時が癒し、再び笑顔でまみえる日が、来ることを信じて…。

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