第七十二話 虚無
鈴音ヶ原、蘇童将軍の屋敷。
離れの部屋の外の庭で呆然と立ち尽くす、華鈴と小桜と銀嶺郎…。
小柄な若い女性は三人に何度も頭を下げ、離れの部屋に戻った。
「何で?兄上はどうして…⁉︎」
最初に口を開いたのは、小桜だった。
わざわざ会いに来た家族との面会を、黒曜丸は望まず、頑なに拒否したという。
「僕や母上ならともかく、姉上と会うのまで断るなんて…」
「会いたくないと言うのなら、仕方がありませんね…。そう言えるほど、しっかり意識があるということですし、そこまで心配することもないでしょう」
残念な気持ちを表に出すことなく、華鈴は淡々と話した。
「誰よりも自信家で、脳天気な兄上だからこそ、恥ずかしくて会えないんでしょうね」
銀嶺郎はわざと大きな声で、離れの中の黒曜丸にに聞こえるように、
「ボク、小天狗さんと白露様の、スッゴイ闘い方見てきたんで、兄上なんてあっという間に置いて行きますから、せいぜいのんびり療養してください!」
そう言って背中を向けると、唇を噛みしめて、会えない悔しさをこらえた。
華鈴は小桜と銀嶺郎の背中に手を当て、この場から立ち去るように促した。
そして、蘇童将軍の御家族に、此度の厚意に対してのお礼と、この先のお手数ご迷惑を詫び、改めて黒曜丸のことをお願いし、帰路についた。
時は少しだけ遡り…。
離れの壁一つ隔てた外の庭に、別れて数日しか経っていないのに、懐かしく感じられる家族たちの気配がある…。
部屋の中央に敷かれた布団に横たわり、虚ろな瞳でぼんやりと天井を見つめ、黒曜丸はその懐かしさに苛立ちを感じていた。
(あそこに…俺の居場所は無い…)
鱗王軍の銀色の鱗の戦士との闘いで、自分は勝ったと思った…。
その勝ったはずの相手に、左腕をもぎ取られるという無様な姿を晒し…いや、今も晒し続けている。
自分は相手を倒したかもしれない、しかし、勝ったのは相手の方だった。
(アイツは盾としての役目を果たし、俺は止められた…)
駆け寄る六番隊の仲間の姿や、陣営で蘇童将軍に十文字隊長、銅弦隊長の姿を、おぼろげに見た気はする…。
だが、気がつけば自分はここに寝ていて、医師の治療を受けていた。
小柄で見たことのあるような若い女性が、心配そうに自分を見つめ、母と妹弟が来たことを告げた…。
(何しに…?俺を
そんなことをしないのはわかっているが、とにかく、今の自分の惨めな姿を、一番見られたくないのが家族であった。
「帰ってもらってくれ…」
天井を見つめたまま、黒曜丸は小柄な女性に告げた。
「でも心配されて、遠くからわざわざ…」
彼女は家族と自分のことを
「会いたくない!」
それだけ言うと、黒曜丸は目を閉じて黙り込んだ。
小柄な女性もそれ以上何も言わず、少し間を置いてから、部屋を出て行った。
自分が面会を拒否したことを、彼女が家族に伝えている声が僅かに聞こえ、しばらくして、弟の銀嶺郎が声を上げて、自分に何かを言っていた。
弟がいてくれて良かった…。
黒曜丸は生まれて初めてそう思った。
しかし、それは、
(俺は、ここまでだ…)
黒曜丸が全てを諦め、自分に閉じこもるきっかけでもあった…。
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