第七十話 祖先
「君のような凄い逸材が、今まで噂にもならなかったのは、もしかして、この場所か御池の社に関係があるのかな?」
暗鬼にそう聞かれて、小天狗は本当ならそうだと答えたかったが…、少し正直過ぎると言われたこともあり、
「どうしてそう思うんですか?」
あえて直ぐに答えるのは控え、逆に暗鬼に質問した。
「この刃王の国の祖になった人たちは、ここや御池、他にも数カ所ある抜け穴を通って、他の世界から来たと言われている…」
やはり暗鬼は、抜け穴のことを知っていた。
「私の祖先も、元は別の世界の『イガ』という場所で生まれ育ち、こちらの世界に迷い込んだと、頭領を継ぐ時に聞かされたよ」
暗鬼が忍びである以上、その土地の名前が出てくるのは、至極当然なことで、小天狗は驚きもしなかったが、逆に包み隠さず話してくれる暗鬼の説明に、答えなかったことを申し訳なく感じてしまった。
「すみません、別に隠すつもりはなかったんですけど…」
「やはり君は、あちらの世界から来た者なのかい?」
「ハイ、俺はあちらの世界で、抜け穴のお社を管理してる尾上家の者で、こちらの尾上家の本家筋にあたるそうです」
今度は正直に小天狗は答えた。
「あちらの世界では、君のように闘える者が、数多くいるのかい?」
「いえ、こちらの世界に比べたら、俺の住む国はかなり平和なので、命のやりとりをすることは、まず無いんです」
小天狗の言葉が、暗鬼にはかなり意外だったようで、
「では君は、特別と言うことか…」
と、それだけ言って、難しい表情で考え込んだ。
「俺は、師匠が御神獣ってことも含めて、あっちの世界じゃ異端児なんですよ」
御神獣と聞いて、
「それで、その尻尾を持っているのか」
相当驚いた様子で聞いて来た。
「師匠の尻尾じゃないですけどね」
そう言いながら、小天狗は師匠の天狗の尻尾にも、霊力が宿っているのかが気になった。
(今度聞いてみるか…)
「御神獣か、会って教えを請えるなら、会いたいものだ!」
暗鬼は御神獣にかなり興味があるようで、忍びらしからぬ、好奇心を
「そこのお社にも、一匹寝てますよ」
「まことか⁉︎」
「ええ、その御神獣様に頼まれて、霊力が回復する明後日まで、ここを任されてるんです」
小天狗と暗鬼はしばらくの間、御神獣である白露や天狗の話をし、そして別れた。
一人になると、小天狗は黒曜丸のことを思い出し、夕方にどういう顔をして、御池の尾上家に戻ればいいのか?その事が頭から離れず、何度も深いため息をついた。
夕刻、陽が落ちる半刻ほど前に、小天狗は御池のお社の脇に姿を現した。
お社のある小島からでも、御池の尾上家の屋敷内の、人々の乱れた気が伝わり、小天狗はしばらく御池の小島から、動く気になれなかった。
小島から御池を静かに飛び越え、対岸に降りたっても、小天狗の帰還に気付く者はおらず、小天狗は小桜の気を探してみた。
小桜の悲しみに満ちた気は、屋敷内の小桜の部屋の中にあった。
ひとしきり泣いた後なのか、小桜の悲しみの気は、大きな
(小桜さん…)
小天狗は意を決して、静かに心の声で話しかけた。
(‼︎)
驚かないように話しかけたつもりではあったが、小桜はまるで飛び起きるかのように、気の雰囲気を変えて、再び悲しみの昂ぶりをみせながら、小天狗の方に向かって移動を始めた。
「小天狗さんっ!」
屋敷の中庭側から、裸足のまま走って飛び出して来た小桜は、御池のほとりに小天狗を見つけると、すがりつくように抱きつき、声を上げて泣き出した。
「兄上が…兄上が…兄上が…」
「兄上が」という言葉だけを繰り返し、力が抜け膝から崩れそうになる小桜を、小天狗は抱き抱えながら、ゆっくりとその場に座らせ、
「言わなくていいよ、俺も向こうで報告を受けたから…」
静かな声でそう言うと、
小天狗は胸に顔を埋めて泣いている、小桜の頭を後ろから優しく抱え、小桜が落ち着くのを待った。
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