第六十九話 通訳
「なるほど、おかげでいろいろと、合点がいったよ…」
そう言いながら、暗鬼は少しバツの悪そうな表情で、
「監視対象には干渉してはならない掟を破って、鱗王軍の指揮官を助けた鬼灯に、兄妹だからこそ、
掟を破った鬼灯に対して、相当難しい態度をとったのであろう、暗鬼は左手で髪をかきむしり、大きなため息をついた。
「彼女、本当に暗鬼さんのこと尊敬してて、暗鬼さんのことを知らなかった俺に、かなり苛立って絡んで来たんですよ!」
暗鬼は髪をかく手を止め、小天狗の話に耳を傾けた。
「だから…戦争が終わったら、兄貴として鬼灯さんのこと、ねぎらってあげてください」
自慢の兄から強く叱責され、おそらく負傷した黒曜丸のことも、耳に入っているであろう…。
個人的な好き嫌いの感情は抜きに、鬼灯の落ち込んでいる姿が目に浮かび、小天狗は少し優しい気持ちで、暗鬼にそう助言した。
「兄貴としてか…。ホント君は…」
暗鬼はそう言いかけて止め、「ふっ」と小さく笑った。
しばらくして、小桜山の山頂のお社に、メルラが送った鱗王軍の兵士たちが姿を現した。
一行の近づく気配を感じ取ってから、暗鬼の和らいでいた表情は一気に硬くなり、纏った気も殺気をはらんだ、まるで鋭利な刃物のようなものに変わっていた。
そんな暗鬼の様子と気の変化を、小天狗は側でひしひしと感じ取り、
「捕まえてある兵士たちを、引き渡すだけですから、何もしないでくださいね」
さっき自分を襲って来たようなことをしないように、一応釘を刺した。
メルラが送ってきた兵士たちは、出発前にメルラから、
『向こうで待っているのは、あのバレ将軍を倒した者だ、くれぐれも失礼のないように』
と、これ以上ないプレッシャーをかけられており、現地に到着する前から、どんな怪物が待っているのかと、ビクビクしていた。
そして、目の前に二人の人間を見つけ、片方の黒でまとめた衣装を着た人間の放つ、異様な圧迫感に、先の戦場で大暴れしたという噂の、黒い悪魔と同様な戦士であると思い込み、皆すくんで動けなくなっていた。
そんな時に、
(どうも、お待ちしてました。責任者の方はどなたですか?)
メルラから聞いてはいたが、いきなり頭の中に話しかけられて、兵士たちは動揺してざわついた。
近づいて来たのが黒の人間ではなく、若い方だったので、責任者の兵士は少し安心し、一歩前に出た。
(良かったぁ…話すのが通訳の人間で)
心底ホッとした感じでそう言われ、小天狗は吹き出しそうになった。
(ええ、あの人は、怒らせるとかなりヤバいですよ!)
(ハイ、メルラ様から、失礼のないように申しつかっておりますので、何卒穏便にお願いします)
鬼灯の報告の中に、鱗王軍の兵士と会話ができることもあったが、実際に目の当たりにすると、不思議な光景であった。
(彼には出来ないことが無いのか?)
暗鬼がそう考えた時である。
(そんなことはないですよ)
頭の中に小天狗の声が響いた。
(貴様!心まで読めるのか⁉︎)
暗鬼は一気に警戒心を高め、小天狗の背中を睨んだ。
(いえ、暗鬼さんが気を閉じずに俺のこと考えたんで、聞こえちゃったんですよ。だからつい、返事をしただけで…)
小天狗は心の中で苦笑いしながら、暗鬼にだけ話しかけた。
(でも人の場合、気の練度が高いか、気の相性が良くないと、話しかけてもこういう風に、会話にはならないんですよ!暗鬼さんは、完璧に気を消せるだけの高い練度があるから、可能なんだと思います)
(では、トカゲの連中も気の練度が高いのか?)
(彼らの場合は、高いというより緩いのかな…?鬼灯さんが助けたメルラさんとの相性が良かったこともあってか、その後はこっちが閉じてないと、気で相手を探るだけで、声みたいに勝手に入って来るんです)
(そいつは厄介だな…通訳には最適だが)
そう言って、暗鬼は小天狗に対しての警戒心を少し緩めると、鱗王軍の責任者との話を続けるように促した。
バレ将軍の配下の兵士と遺体の引き渡しは、何事もなく終わったが、引き渡した兵士たちから、自分らを捕えバレ将軍を倒したのが、黒の人間の方ではなく、通訳の方の人間だと聞かされたようで、別れ際の鱗王軍兵士の態度は、緊張しぎこちなかった。
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