第六十七話 暗鬼

「大丈夫ですか⁉︎兄貴さんっ!」

 

 不可抗力とはいえ、怪我をさせてしまったことに小天狗は動揺し、その名前と鬼灯の兄ということが入り混じって、変な呼びかけをしてしまった。

 

「兄貴ではない…暗鬼だ」

 男は初めて口を開き、小天狗の呼び間違いを訂正したが、

「いや…兄貴でもあるか…」

 そう言って、少し気が緩んだのか、ゆっくり膝をついた。

 

 小天狗は木刀を九尾の尻尾に戻して首に巻くと、

「とりあえず、休戦しませんか?」

 両手を広げて話しかけた。

 

「ああ、急に襲いかかって悪かったな…」

 さっきまでとは別人のように、静かな落ち着いた物言いで、柘植暗鬼は返事をした。

 

「君が妹を泣かせたと聞いて、少し懲らしめてやろうと思ったんだが、このていたらくだよ…」

「えっ⁉︎泣かせてませんよ。ちょっと強い言い方は、したかも知れませんけど…」

 そう言いながら、黒曜丸にも初対面で襲いかかられたことを思い出し、剣士隊の隊長ってのは、思い込みの激しいシスコン兄貴ばかりなのかと、心配になった…。

 

「すまない、冗談だ。妹の鬼灯を助けてくれてありがとう!」

(いやいや、冗談ってレベルの攻撃じゃなかったし…怖いわ、忍者ジョーク!)

 と、思う反面で、小天狗は暗鬼の怪我の具合が心配だった。

  

「そんなことより、怪我は大丈夫なんですか?」

「ああ、急所は外れたようだし、普段ならこの棒手裏剣には、毒が塗ってあるんで、運が良かったよ」

 そう言うと、おもむろに棒手裏剣を掴んで、顔色一つ変えずに一気に引き抜くと、懐から黒い手ぬぐいを出し、押さえて止血した、

 

「傷口、見せてもらって良いですか」

 小天狗は、暗鬼に怪我をさせた、さっきの防御の威力を思い出し、九尾の尻尾の霊力を加えれば、気での傷口の治療の効果が上がる気がして、試してみようと思った。

 

「療気の心得もあるのか?」

 意外そうに暗鬼が聞いた。

「いえ、習ったことはないです。いわば人体実験ですかね」

 そう言いながら、小天狗は九尾の尻尾を首から外し、再び手甲に変化させて身につけた。

 

「その不思議な尻尾は、何なのだい?」

 暗鬼はずっと気になっていた質問を口にした。

 

「これは師匠からの借り物なんですけど、千年以上生きた霊獣の尻尾で、巻いてるだけでも、本当に危険な時には護ってくれたり、こんな風に気に呼応して、形を変えたりもするんですよ」

 そう言いながら、手甲になった九尾の尻尾を、暗鬼に見せた。

 

「なるほど…闘っている時から感じていたが…君は少し正直過ぎるね」

 そう言われて小天狗は、改めて暗鬼の顔をちゃんと見た。

 

 年齢としは三十過ぎくらいだろうか、こちらの世界で、これまで出会った男性たちは皆、伸ばした髪を自分好みに束ねている感じであったが、暗鬼の髪は短めで束ねてはおらず、後ろは肩に届く程度の長さ、表情を読ませないために、敢えてそうしているのか、前髪でほとんど隠した一重で切長の目は眼光鋭く、薄めの無精髭が精悍でワイルドな印象を醸し出している。

 

「そんな秘宝のことを、初対面の人間に安易に話すなんて、奪ってくれと言ってるようなものだよ!」

 暗鬼がそう言って、手甲に触れようとしたため、小天狗は反射的に手を引っ込めた。

 

「盗ったりはしないよ、それに、その状態だと、腕を切り落としでもしないと、奪えないんだろう?」

 確かにその通りであるし、暗鬼のことは信頼できると、小天狗は感じているが、忍びという肩書き通りの、周りを警戒している気配に加え、あの鬼灯の兄という点が壁を作っていた。

 

「そんなことより、傷の手当てを試させてください」

(ホント凄いよな…痛そうな素振り一つ見せないなんて)

 小天狗に促され、暗鬼は着物をめくり、脇腹の傷口を見せた。 


 驚いたことに、既に出血は止まっていて、気の扱いの練度の高さを感じさせられたが、それ以上に、見える範囲だけですら、この程度の怪我は日時茶飯事だと言わんばかりに、無数に刻まれた歴戦の傷跡が、暗鬼の生き様の凄さを物語っていた。

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