第六十六話 襲撃者
メルラの指示を受けて、バレ将軍の配下の兵士を受け取るため、小桜山に向かって来ている鱗王軍が、ようやく小桜山の
相変わらず、つかず離れずついている、時々現れるかすかな人の気も健在のようだ。
(一瞬だからわからないけど…アイツもいるのかな?)
アイツこと鬼灯は、メルラの追手三人全てに、躊躇なくとどめを刺した、ちょっとヤバい奴である。
(何事もなきゃいいけど…)(‼︎)
あぐらの姿勢で少し宙に浮いていた小天狗は、全ての気を解除して片膝立ちになると、九尾の尻尾の手甲をつけた右手を前に、ある方向を注視し身構えた。
小天狗が警戒したそれは、気の探索の感度を上げても、全くその存在を感知されないほど、完璧に気を消したまま、三十メートル先まで張られた、気の蜘蛛の巣に触れる位置まで、接近して来ていた。
そして、気の蜘蛛の巣の糸に触れた途端、それは殺気にも近い闘気と共に、小天狗目掛けて短い何かを二本投げつけ、その後を追うように距離を詰めてきた。
小天狗はその短い何かの一本を、九尾の尻尾の手甲を盾に弾き、もう一本を右手で掴んで、近づいてくるそれに投げ返した。
その時には、それは数メートル先まで近づいてきており、黒づくめの動きやすそうな装束をつけた、人間の男だと確認出来た。
小天狗が至近距離で投げ返したのは、おそらく棒手裏剣であろう。その棒手裏剣を、その黒づくめの男は、小天狗同様に手甲をつけた片手で払ったが、こちらの手甲には、防御用の金属が付けられているようで、“キン”という短い金属音が響き渡った。
その黒づくめの男は、腰の裏にまわした右手で、腰帯に差した短めの黒い刀身の刀を逆手で抜き、小天狗に斬りかかってきた!
小天狗は、手甲の甲の部分を伸ばして、剣のように変形させると、黒づくめの男の刀を受け止め、立ち上がりざまに跳ね上げ、無防備になった腹部に、素早く足刀を繰り出した。
男はその足刀の蹴り足を避けようともせずに、膝を蹴り上げて受け、刀を持たない左手を、手甲の金属部側を向けて振り下ろしたが、小天狗は蹴り足を引き戻し、左手は空を切った。
小天狗は、軽く後ろに跳んでさがると、九尾の尻尾の手甲を尻尾に戻して握り直し、使い慣れた木刀の形に変形させた。
もちろん、強度は男の持った刀以上で、気の込め方次第で、その刀を叩き折ることも可能である。
男は、小天狗の武器が変化したのを見て、口角を少しだけ上げ笑うと、刀を逆手に持って構えた低い姿勢で、素早く距離を詰め、目にも止まらぬ速さで、的確に急所を狙って斬りつけた。
小天狗もその動きにしっかり合わせ、その流れの中で機を見つけ、こちらも相手の動きを殺す急所を選んで打ち込んだが、全てかわすか受け止められた。
既に小天狗には、この男の正体に見当がついていた。
この男との攻防を数手交わしてみて、斬りかかって来た時の威力こそ、こちらに来て最初に受けた、黒曜丸の一撃には及ばないが、攻撃の鋭さと全く無駄のない体さばきは、いままで対戦した中で一番といえた。
その装束と扱っている武器は、明らかに忍びのもの、そうなると…
「あなた、アレですよね?忍者なのに剣士隊の…」
攻防を交わしながら発した、小天狗の言葉を遮るように、その男は一気に間合いを詰め、いつの間にか順手に持ち替えた忍び刀を、突き刺すように繰り出し、その踏み込みと同時に、口から含み針を小天狗の目を狙って吹きつけた。
忍び刀は胸、含み針は目の同様攻撃に、小天狗が手にした木刀タイプの武器では、同時攻撃への対応が間に合わないと思われたが、小天狗は瞬間的に木刀の刀身のイメージを、一瞬だけ丸く盾のように変え、両方を防いだ。
男は驚きと共に滑るように後方に下がると、ほとんど前髪で隠れた目を見開き、ニヤリと不敵に笑い、小天狗の自在に変化する得物を、まじまじと観察した。
小天狗はこの機を逃さず、
「確か名前は、柘植…」
男の正体を言い当てようとしたが、男はその間を与えず顔、胸、腹と正中線上に、三本の棒手裏剣を投げつけた。
男の執拗な攻撃に、今度は木刀を変化させずに、防御の気の壁を作って弾いた。
小天狗としては、普通に防げる気の量を込めたつもりであったが、九尾の尻尾の霊力と相まって、防御の威力が数倍にも跳ね上がってしまい、弾き返された棒手裏剣は、威力を増したカウンター攻撃となって、男に襲いかかってしまった。
男は戻ってきた棒手裏剣を、顔は手甲、胸は忍び刀で防いだが、腹に飛んできたものは完全に避けきれず、棒手裏剣は深く脇腹に突き刺さった。
しかし、男は棒手裏剣を受けた衝撃で、一瞬怯んだだけで、腹に棒手裏剣が刺さったまま、攻撃の体勢は崩さなかった。
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