第六十四話 孤軍奮闘

辰巳野の砦、鱗王軍の司令本部

 

 愛鳥である飛べない鳥ディド、ヴィーの元に飛んで行ったメルラは、ヴィーに乗るとそのまま砦を目指した。

 劣勢な戦況に一旦兵を引き、バレ将軍と総指揮を任されていたメルラの不在に、残された将校たちは、打開策を論じることもなく、二人への不満ばかりを吐いていた。

 そこに、王族のあかしである角を持ったメルラが戻り、外見に加えて以前とは違うメルラの雰囲気に、将校たちは戸惑いながらも、本能的に従属の態度をとった。

 

 しかし、その場のトップとなったメルラが、最初に受けた報告は、副官ジレコの戦死であった。

 ジレコは自らが盾となって、メルラをバレ将軍の元に送り、刃王の国の悪魔のような強さの戦士と戦い、敗れはしたものの、その戦士の左腕を奪い、刃王軍を引かせたという。

 

(ジレコ…)

 覚悟はしていたつもりではあったが、突きつけられた現実に、メルラは膝から崩れ落ちるのを、我慢するのがやっとで、それ以降の報告は全く耳にも残らず、気がつけば何のものかわからない報告書を手に、司令本部に一人座っていた。

 

 メルラは外にいた衛兵に、ジレコの遺体の場所を聞くと、足早に遺体が安置された幕舎に向かったが、幕舎の前で立ちすくみ、しばらく中に入ることが出来なかった。

 

 その身を犠牲にして敵を退けた功績によって、ジレコの遺体は丁重に扱われ、まるで眠っているかのような表情で、幕舎の中央に横たわっていた。

 傍らに置かれた見慣れた鎧は、血こそ拭われていたが、別れた時にはなかった、無数の傷跡がついており、胸と背中には致命傷となった、刺し貫かれた刀傷が口を開けていた。

 

「ジレコ…」

 メルラは、幼い頃から何度も呼んだその名前を、絞り出すように声に出すと、崩れるようにジレコの遺体の脇に膝をついた。

 そして、ジレコの頬にそっと手を当て、

「ゴメン…ゴメンねジレコ…ジレコォ…」

 何度も何度も謝罪と名前を繰り返し、とめどなく溢れ出る涙で、ジレコの顔も見えなくなると、横たわるジレコにすがりつき、声をあげて泣き続けた…。

 

 

「ねぇ見て、ほら私にも角が生えたんだ…」

 泣けるだけ泣くと、メルラはジレコの手を握りながら、話し始めた…。

「もっと早く生えてたら、ジレコも…」

 また、込み上げてくるものを抑え、メルラは話題を変えようと、懐から布に包んだものを取り出した。

 

「コレ、何だかわかる?」

 それは干からびたダラの幼体であった。

 メルラは、ジレコと別れた後の出来事を、子供の頃に戻ったかのように、身振り手振りを交え語り出した。

 バレ将軍を追い、人間に助けられ、わかり合えたこと、すぐにでもこの戦争を終わらせることが、今の自分に与えられた使命だということを、今一度自分にも言い聞かせるかのように語った。

 

「だから、ちゃんとやれるように、側で見てて!」

 そう言ってジレコの手を両手で握り、笑顔を見せた。

 

 

 

 翌朝、メルラは将校たちを集め、この戦争がバレ将軍の私欲のための、嘘から始まったことを話した。

 

 もちろん、小桜山の異世界とをつなぐ穴のことは伏せてだが、バレ将軍が自分が王になれる力を手に入れたいがために、鱗王陛下に刃王の国の神域の土地に、失われた鱗王の国の建国の神器の一つがあるという、まことしやかな嘘をつき、それを取り戻すためという大義名分で、今回の出征が決まったこと。

 

 ジレコからの報告で、バレ将軍が自分に指揮を任せ戦争を仕掛けている間に、秘密裡に砦から離れたことを知り、我が軍の劣勢に戻るよう呼びに行ったが、逆に敵前逃亡の汚名をきせられ、口封じのために殺されそうになったこと。

 

 そんな自分を助けてくれたのが、人間であるその神域の守り人で、神域に侵入したバレ将軍は、御神獣と守り人に倒された。

 自分はその御神獣の力で、眠っていた王族の力の源である、角と秘められた能力ちからを、目覚めさせてもらったことを説明した。

 

「何故バレ将軍は、その神域にこだわったのだ?」

 将校の一人が当然な疑問を口にした。

「これは私の想像でしかないが、御神獣から王族に匹敵する力を、手に入れようとしたかったのだと思う」

「そんなことが可能なのか⁉︎」

「おそらく、誤った情報を間に受けたのであろう、私の場合は、元々持っていた王族の能力の種を、御神獣が感じ取り引き出してくれた。そういったことが過去にもあって、それを耳にしたのではないかと」

 メルラの真実を交えた嘘を、元々、貧民街出身のバレ将軍が気に入らなかった、貴族である将校たちは納得した。

 

 そしてメルラは、バレ将軍がいない今、この戦争を続けることは、将校たちのキャリアに傷がつくだけで、無意味だということを力説し、将校たちには何の落ち度もなかったことは、自分が責任を持って鱗王陛下に報告することを約束した上で、面倒な戦争終結の処理は、仮でも総指揮を執っていた自分が担うので、撤退するのが最善だと進言した。

 

 将校たちは、この出征自体が乗り気でなかったことに加え、新たに王族に加わるかもしれない、メルラにそこまで言われ、内心ではほっとしながらも、貸しを作るかのような態度で渋々承諾した。

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