第六十二話 それぞれの帰還

(今度こそ本当に終わりましたね)

 小天狗はメルラにそう話しかけて、安堵の表情を見せた。

(小天狗殿には、何と礼を言って良いやら…本当に感謝する!)

(俺は結界を護る御神獣の弟子として、その役目を果たしただけですから。それより、この後のメルラさんの仕事の方が、何十倍も大変ですよ)

(いや、大変だなどとは言ってはいられない、責任を持ってこの戦争は終わらせる!)

 未だに、表情ではメルラの感情は読み取れないが、その瞳にこもった強い意志だけは、小天狗にも感じ取ることが出来た。

 

(俺、三日間はここにいるんで、バレ将軍の部下の人たちは、その間に引き取りに来てください)

(わかった、兵士たちと死んだ者の亡き骸も、陣営に戻り次第、受け取りに来させよう)

 そう小天狗に告げると、メルラは銀嶺郎の方に向き直り、

(其方にも礼を言わねばな!それと、其方の機転には驚かされた!ありがとう、末恐ろしい少年よ)

 胸に手を当て軽く頭を下げる、鱗王軍式の敬礼をした。

 

「あの、メルラさん、僕たち、もう知り合いですよね?」

(もちろんだ!)

「じゃ、戦争が終わったら、みんなに自慢します!」

(また責任が重くなったな、自慢出来るよう最善を尽くさねば!)

 メルラはそう言って笑い、銀嶺郎と小天狗もくったくなく笑いあった。

 

  

(ヴィーはまだあそこにいるようですね)

 小天狗はメルラの愛鳥の気を探り、そう告げた。

(そのようだ。名残り惜しいが、私もそろそろ行かねば…)

「飛んで行けば直ぐですよ!鳥さんビックリしますよ!」

(確かに、ヴィーは飛べぬから、嫉妬して拗ねるかもしれん)

 銀嶺郎とメルラの打ち解け具合に、小天狗は温かいものを感じながら、メルラに右手を差し出した。

 

(これ、俺のいた世界の挨拶のやり方なんですけど、握ってもらっていいですか?)

(こうか?)

 メルラは小天狗の右手をしっかりと握り、小天狗はその手に左手を添えた。

(また、いつか)

(うむ、必ず)

 小天狗は爬虫類が苦手だったことも忘れ、戦友となったメルラとの再会の約束を交わした。

 

 

 メルラは、覚えたてとは思えない自然さで、気で全身を包み込むように纏い、ゆっくりと宙に浮かび上がると、振り返って小天狗と銀嶺郎を見つめ、小さく頷いた。

 

(世話になった、では!)

 メルラはそう言うと、周囲の木々より高い位置まで舞い上がり、ヴィーの待つ方向へ飛び去った。

 

「じゃ、銀嶺郎くん、送っていくよ」

 小天狗は銀嶺郎を促し、小桜山の結界の中央に立った。

 二人は来た時同様に、銀色の繭のような光に包まれ、溶け込むように結界の中に沈んで行った。

 

 

 御池のお社。

 

 最初に気づいたのは小桜だった。

 と、言うより、小天狗と銀嶺郎が小桜山に行った後、いつ帰るかわからない二人を、小桜は御池のほとりで待っていた。

 

 お社のある小島を中心に、御池に小さなさざ波がたち、お社の脇に銀色の光の繭が、ゆっくりと姿を現した。

 小桜は緊張した面持ちで、御池の水際ギリギリまで近づき、徐々に光が薄れてゆく光の繭の中に、二つの人影を確認して、安堵の表情を見せた。

 

 御池のほとりに、姉の小桜を見つけた銀嶺郎は、見せびらかすかのように宙に浮かぶと、そのまま小桜の元に飛んで行き、傍らに降り立った。

 

「銀嶺郎!いつの間にそんなことが出来るように⁉︎」

 目を丸くして驚いてくれたのは、御池の結界の異変に気づき駆けつけた、母親の華鈴だった。

「とにかく、無事に戻って良かった」

 そう言って、華鈴は銀嶺郎を抱きしめ、

「とはいえ、後でしっかり反省はしてもらいますよ!」

 と、更に強く抱きしめた。


 小桜は、銀嶺郎が飛べるようになったことなど気にもとめず、お社のある小島から、ゆっくりと御池の水面に降り立った、着物のあちこちを切り刻まれた、小天狗の姿の方に驚いていた。

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