第五十六話 爪

 ダラの攻撃を爪の剣でいなしながら、ピシッと叩くという効果の薄い、地味な攻撃しかしない小天狗に、銀嶺郎は少し焦れてモヤモヤしていたが、ある小さな異変に気づいた。

 さっきまで平然としていたダラが、小天狗の打ち込みに対し、少しずつ嫌な表情をするようになっていた。

 

 銀嶺郎は目を凝らして、その理由を探ってみた。

 すると、小天狗が爪の剣で叩く際に、ほんの一瞬だが気が伸びて、身体にまとわりつくように打ち付けているではないか!

 小天狗は爪の剣の打ち込みと、気のムチのダブル攻撃を仕掛けていたのだ。

 しかも、打ち込みのたびに気のムチの長さを変え、防御のポイントを絞らせないようにしていた。

 

「あんなやり方もあるんだ!」

 気のムチは自分の得意技と自負し、この実戦でも新しい技を試したばかりの、銀嶺郎であったが、小天狗の機転と応用力に、自分の未熟さを痛感させられた。

 

 

(ああぁ〜っ!もぉ、ちょっとやめてっ‼︎)

 ダラはそう言って後ろに下がると、全身のあちこちの地味な痛みに、身体をもぞもぞさせた。

(なんなのよ⁉︎ネチネチ嫌らしい攻撃ばっかして!ホント鬱陶しい奴ねアンタ!)

 ダラのイライラは頂点に達し、小天狗に罵声を浴びせた。

 

(じゃ降参してくれますか?)

 いまのいままで死闘を繰り広げていたとは思えない緩さで、小天狗はダラに降参を持ちかけた。

 

(ふざけないでっ!アンタだけは絶対許さない!絶対に殺してやるわぁぁ〜‼︎)

 そう絶叫すると、急に自身の伸びた鋭い爪で全身をかきむしった。

 鋭い爪はその硬い皮さえも切り裂き、内側の肉にまで届き、その傷のいたるところから、血が吹き出した。

 ダラは痛みなのか?快感なのか?理解に苦しむ絶叫をしながら、その自傷行為を続け、真っ赤に染まった全身の、いたるところから血が滴り落ちた。


 

(ああ〜スッキリした)

 一言そう言うと、血まみれのダラは急に静かになり、目を閉じて少しうつむくと、両手をだらりと下げ、何か鼻歌のようなものを口ずさみ、その曲に合わせて身体を揺らし始めた。

 

 ダラの狂気じみた行動を、呆気に取られながら…しかし、気を緩めることなく、小天狗は観察し続けた。

 するとダラは、鼻歌とその動きを止め、真っ直ぐに小天狗を見たが、その眼は真っ赤に変化していた。

 両方の手首の力を抜いた状態で、ダラはゆっくりと両手を上げ始め、途中で十五センチほどの鋭い爪は、ポロポロと十本全てが抜け落ちたが、地面に到達することはなく、気で繋がれた状態で宙にとどまった。

 

(行ってらっしゃ〜い)

 ダラがそうつぶやくと、十本の爪はバラバラな方向に飛び散り、四方八方から小天狗目掛け襲いかかってきた!

 

(ちょっ、多いよ!)

 メルラを追っていた傭兵は左右の手で、一個ずつの武器を気で操っていたが、ダラは十本の爪を十本の指で操っている!気の操作能力も尋常ではないが、全てを的確に動かせる空間把握能力は、異常と言えた。

 小天狗は目で追うことはやめ、気の軌道を感じることで、十本の爪をけて払ったが、それでも何回かに一度は身体を掠めて、着物は裂けて破れ、いくつか傷も負った。

(毒とか無いよな…)

 数が多すぎるため、気を読みとって相殺することも出来ず、防戦一方で打開策の無いまま、まるでダラに踊らされているかのように、爪の攻撃をける小天狗に、

 

「小天狗さん、尻尾っ!」

 銀嶺郎が助け船の一言をくれた!

 

 小天狗は足元に来た爪を跳んで避け、空中で横回転して次の爪を避けながら、九尾の尻尾に手をかけて外すと、着地と同時に二本の爪を薙ぎ払った。

 すると、九尾の尻尾の霊力がそうしたのか?薙ぎ払った二本の爪は、ダラの気を受けられなくなって地面に落ちた。

 

「おお!銀嶺郎くんグッジョブ!」

 小天狗は声に出し、サムズアップした握り拳を、銀嶺郎に向けた。

「ぐっじょ…?」

 銀嶺郎は意味もわからないまま、少し戸惑った笑顔を作り、小天狗の真似をして親指を立てた。

 

 その間にも、ダラの爪は小天狗に襲いかかったが、小天狗は巻き込むように爪を尻尾に絡ませて、続けざまにダラとの気を切断させた。

 残った爪はあと四本となり、小天狗を囲むように四方に配置されてはいるが、ダラの躊躇を裏付けるかのように、空中で動きを止めたまま、しばらくの時間が過ぎた。

 

(やめた…)

 その言葉と同時に、四方に浮いていた爪は気を切断され、地面に落ちた。

 ダラは首を大きく右に傾げながら、小天狗が持つ九尾の尻尾を値踏みし、

(それ、私と相性悪そう…)

 そう言って膝をつき、両手も地面について四つん這いになると、ダラの身体は厚い気で覆われて、その気の光の中に隠れて見えなくなった

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