第五十五話 再起動

 それはあり得ない光景であった!

 

 白露によって凍らされ冬眠に入り、その気すら読み取れない状態になった、氷漬けのバレ将軍の肉体が活動を始め、その全身を包んだ氷がひび割れて、まず最初に左腕が飛び出した。

 次に、その左腕を大きく振りかぶると、自分の胸を強く打ち付け、胸を覆った氷を粉砕してから、己れの顔面の氷を殴って粉砕、続けざまに右腕上腕部の氷を砕いた!

 上半身が露わになると、拳を握り合わせて両腕を振り上げ、下半身の氷をぶっ叩いて粉砕した。

 

 その全身が露わになったバレ将軍の肉体は、ゆっくりと一歩踏み出すと、首を横に左右に振ってから、冷たい視線を小天狗たちに向けた。

 

 

 小天狗は、冷たく強い気が波紋のように広がった時、それが眠りについていたはずの、バレ将軍の肉体を乗っ取った、ダラの気であることに気づいた!

 

 それは、火の性質を持った、しかしながら受ける印象は冷たいという気で、瞬間湯沸かし器のように、一瞬で全身の経脈全てに流れて、一気に冬眠状態を解除したのであった。

 

(確かに気は消えたはずなのに…一体どうやって⁉︎)

 小天狗の疑問に、早速ダラが反応した。

(残念だったわね、コイツの中には、成長しきる前の未成熟なものだけど、一応私のカラダはあるの、そこに隠れさせてもらってたわ!気を消すくらいアナタだって出来るでしょ?)

 冬眠は肉体の活動を完全に停止するわけではない、表面を氷漬けにされたとしても、生きている限り、回数は僅かだが心臓は脈動して、生体活動を続けるのである。

 

(氷が溶けるまで待ってようとも思ったんだけど、ホラ、御神獣さまが寝ちゃったじゃない!そうなったら、待つ必要なんかないじゃない、起きる準備してたのよ)

 ダラは親切心で話しているわけではない!

 いくら火の性質の気を流したとしても、体温が上がりきっていない状態では、変温動物の活動には制限が出てしまう。

 そのための時間稼ぎであった。

 

(あら!そっちのお嬢さん生きてたのね。ホントこのバカの手下って、役に立たない連中ばかりだわ)

 ダラはメルラを見てそう言うと、その横にいるもう一人の人間、銀嶺郎に目をやった。

 

「小天狗さん、コイツ話し過ぎじゃないですか?」

 銀嶺郎はダラと目が合った瞬間、少し前から感じていた違和感を口にした。

 

(このガキが、余計なことを!)

 ダラはそう言うと、全身の筋肉を小刻みに震わせて、血流を上げ始めた。

 

(そっか!コイツの身体、まだ寝起きってことか!)

 小天狗は一気に気を高めると、両拳に気を集めて、ダラの爪の届かない間合いから、気の塊を飛ばして殴りつけた!

 それはまるで、円盤を飛ばして襲ってきた傭兵のような、縦横無尽な角度からの攻撃で、まだ身体が覚醒しきってないダラは、ピンポイントで防御の気を張れず、僅かだが初めて、打撃によるダメージを受けた。

 

(ホントに鬱陶しいわね、アンタは!)

 そう言うとダラは、人差し指を小天狗に向け、その長く伸びた爪を、小天狗の心臓目掛けて、更に長く伸ばし突き出した。

 小天狗は大きく後ろに身体を反らして、その爪を避けると、左右から気の塊でその爪の根元を叩き折った。

 滑るように少し下がって上体を起こすと、伸ばした気で折った爪を拾って、右手に持って構えた。

 

(ちょうど得物が欲しかったんだよね!)

 そうは言ったものの、その爪は一メートルほどの長さで、細いが強度は木刀よりありそうだったが、振るとヒュンヒュン音がするくらい軽かった。

(フェンシングの剣?いや、お仕置き棒かな…)

 小天狗は爪の剣に気を纏わせると、爪の剣を持った右手を前に、腰を落とさず構えた。

 

(その立ち方、腹が立つわ!)

 ダラは折られた爪を再生して、両手を広げ闘気を高めると、その巨体に似合わない速さで間合いを詰めた。

 そして、力任せではなく、小天狗の攻撃を真似たかのような、速さを重視した腕の振りで、小天狗を刻みにかかった!

 

 小天狗はダラの攻撃を、爪の剣を振って弾くようにかわしながら、間隙をついて爪の剣の打撃を入れたが、ワニ皮に覆われた相手には効果がなく、ダラはお得意の気の防御もしなかった。

 

 

 メルラは、その攻防の速さに驚いていた。

 角が生える前であれば、小天狗とダラの動きは見えなかったはずである。

 しかし、角が生えて気の練度が上がったことで、見ようとする気持ちが無意識に、気での視力強化をさせていた。

 そして、見えることで、ダラの攻撃をどうかわし受けるか、全身の神経と筋肉が小刻みに反応して、身体が勝手にシュミレーションしていることにも驚いていた。

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