第四十九話 肉弾

(すまぬ…油断したつもりはなかったのじゃが、やられてしもうた…)

 白露は再び鎌首を上げ、戦闘態勢を取り直した。

(いえ、俺こそすみません…意外な攻撃過ぎて、反応出来ませんでした)

 バレ将軍は武器を投げ捨てて、どうするつもりなのであろう?

 さっきまでの戦いぶりを見る限り、パワーはあるが、刀の扱いはお世辞にも良いとは言えない…。

 筋肉質の巨体という見た目通りの、パワー系のプロレスラーのような、肉弾戦タイプなのだろうか?

 

(とにかく、武器を手放した今、一気にカタをつけた方が良いかもしれませんね)

 そう言いながら、具体的には何も対策が思いつかない、小天狗であった。

(そうじゃな、時間をかければこちらが不利になるだけであろうしな)

 

「お、起きたか!まぁ、あんな程度で終わってちゃ、御神獣失格だわな!」

 そう言うと鎧と籠手を外し、ワニ特有の硬そうな皮膚の上半身を露わにした。

 

(やっぱ肉弾戦タイプか?)

 小天狗は、再び白露の後方に下がり、気を緩めることなく、バレ将軍を観察した。

 

 白露はこの間に、とぐろを巻き全身を覆うように気を纏わせて、攻撃に備えた。

 

「じゃ、やろうか!」

 全身の闘気を急激に高めたバレ将軍は、白露の懐に一気に飛び込むと、重いパンチの連打を打ち込んできた!

 白露はそれを気の盾ではなく、とぐろを巻いたことで前方にまわした、強化の気を纏わせた尾を左右に振ってガードしながら、口からはピンポン球ほどの、硬化させた気の塊を断続的に放った

 しかし、やはりその気の球が当る部分だけに、それを防御する気の壁が出現し、バレ将軍自身はそれが見えてもいないかのように、休みなく殴りかかって来る。

 

(こやつ、見えておらんのか⁉︎ならば!)

 白露は伸び上がるようにして、大量の空気を吸い込むと、二本の角が赤く発光し、次の瞬間、大きく口を開け突っ込むように、バレ将軍めがけて炎を吐き出した!

 

 バレ将軍を炎が包もうとしたその時、全身を覆うベールのように、防御の気が張られ、バレ将軍は焼かれることを回避したが、当の本人は、

「うぉ熱っ!火まで吐くのかよ⁉︎」

 と、驚いて白露から距離を取ったが、何故自分が火傷をしないで済んだのかまでは、考えが及んでいないようだ。

 

(またか…どうなっておるのじゃ?)

(白露様、いま一瞬ですけど、気が二つ感じ取れました)

 小天狗は、白露の攻撃の意図を理解すると同時に、バレ将軍の気の動きに意識を集中させていたのだった。

(二つ?奴の中に気を操る者が、もう一人おるということか⁉︎)

 

「あ〜クソっ!本気出すしかねぇか」

 バレ将軍は、腰を落とし拳にグッと力を入れ、全身の筋肉に大量の闘気を巡らせると、筋肉は膨張し、ひとまわり以上身体が大きくなった。

 

 バレ将軍の闘気と肉体の膨張を確認した白露の気が、変わった波長に変わるのを、小天狗は感じ取った。


 白露の瞳はオーロラが揺らめくような、不思議で神秘的な輝きを放ち、二つの角はまるで真珠のような光沢で光りはじめた。

(何をする気なんだろ?)

 それは、爬虫類が苦手な小天狗でも見とれるような、美しい白露の姿であった。

 

「させるかよっ!」

 膨張した筋肉と闘気の塊となったバレ将軍は、少しだけ斜に構え、右肩を前にした体勢で地を蹴ると、巨大な砲弾さながらの勢いで、白露に突っ込んで来た!

 

 次の瞬間…。

 

 一滴の雫が水面に落ちて、波紋が広がるような静寂に、その場は包み込まれた。

 

 まるで、その静寂に取り込まれたかのように、今にもタックルして来そうな姿のまま、バレ将軍は固まっていた。

 

 それは、最初に戦った鱗王兵に向けても放たれた『眼縛』を、白露がバレ将軍に向けて使った瞬間であった。

 

 時間が止まったように、ピタっと動きをとめたバレ将軍を見て、小天狗には何が起きたのかわからなかったが、バレ将軍の闘気は何故か静かに動いており、警戒を強めた。

 

(心配はいらぬ、彼奴あやつの時は止めた!今は己れの思い描いた、先の時間の夢の中じゃ)

 警戒を強めた小天狗に気付き、白露は『眼縛』にかかったバレ将軍の状態を説明した。

 

(この技は…反則ですね)

 まさか本当に、相手の時間を止めることが出来るなんて…。

 御神獣の御神獣たる凄さを垣間見て、小天狗は苦笑いしながらそう言った。

(どうする?其方はとどめを刺す気は無いのであろう?)

(ハイ…ただ、俺は部外者だし、この人の処分は…)

 

 小天狗がそう話している最中であった、バレ将軍の方から冷たい気の気配が、波のように流れ込んで来た!

 白露と小天狗の緊張は一気に高まり、バレ将軍の方に目をやると、時が止まっているはずのバレ将軍が、大きく伸びをしながら、さっきまでとは明らかに違う冷たい表情で、こちらを見ていた。

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