第四十六話 接近
木陰の茂みに身を潜めたメルラの近くで、銀嶺郎は鱗王兵の気を探っていた。
白露を挟んで対角にいる小天狗が、あれよあれよと言う間に、七人もの鱗王兵を倒し、楽しそうに白露と会話しているのは、銀嶺郎にも聞こえてはいたが…、自分たちの間近にも、二人の鱗王兵が近づいているのを感じ取っていたため、その警戒と気の練成準備で、会話に参加するだけの余裕がなかった。
二人の鱗王兵は、銀嶺郎が少年であることに油断したのか?それとも自分たちの強さに余程自信があるのか?散策しているかのように、ゆっくりと歩いて姿を現した。
土色の肌をしたこの二人は、同じ種族らしく、銀嶺郎の目には、全く同じ顔をしているように見える。
一方は右肩に、もう一方は左肩にという違いこそあれ、長剣を担ぎ肩を揺らして、軍人というよりチンピラのような歩き方をしていたため、銀嶺郎は一目見てこの二人が嫌いになった。
銀嶺郎は小太刀を抜くと、フェンシングのように顔の前に立てて構え、刀身に気を込めた。
(なんか嫌な感じのヤツらだし、新技の練習台になってもらうよ!)
銀嶺郎は右足を踏み込むと、まだ距離のある二人に対して、小太刀を突き出した。
余裕を見せて近づいて来ていた二人の鱗王兵は、銀嶺郎が小太刀を抜いて構えたので、足を止めて顔を見合わせ、どういたぶろうと考えたのであろうか?悪意のある笑顔でニヤッと笑った。
しかし、いたぶられたのは彼らの方であった。
銀嶺郎の突き出した小太刀の切先からは、これまでのムチとは違い、強度と硬度を上げた気が、小太刀の切先そのままの形で真っ直ぐに伸びて、銀嶺郎は目にも留まらぬ速さで、突きの連撃を二人の鱗王兵に放った。
二人の鱗王兵はその長剣を抜く間もなく、気の刃に全身を刺し貫かれ、苦悶と驚愕の入り混じった表情で息絶えた。
驚愕したのは、身を潜めて見ていたメルラも同じで、思わず身を乗り出して、
(一体何をしたのだ⁉︎)
銀嶺郎に問いかけた。
「上手くいきましたよ!この気の刀、いや槍かなぁ?かなり良いかも、刀も全然汚れないし!」
メルラの声だけは聞くことができる、銀嶺郎は、嬉しそうに無邪気に笑って返答をしたが、メルラには何を言っているのかわからず、残念ながら会話は成立しなかった。
小天狗は白露の元に行き、すぐそこまで近づいている、巨大で複雑な気を持つ一人と、残り二人の気を探り、言った。
(一番デカい気の奴は、カラダもかなりデカそうですね!)
(うむ、しかし何なのじゃ?こ奴の乱れた気は?)
白露や小天狗は、ある程度の距離なら、気の探索に意識を集中させることで、相手の経脈を流れる気を見ることが出来、その相手をシルエットで認識出来る。
しかし、おそらくバレ将軍であろう巨大な気は、絡み合う波ようにぶつかり合って渦を巻いて、まるで炎が人型に揺らいでいるようにしか、認識出来ないのである。
(まぁ、もうすぐご対面ですから、その理由もわかるんじゃないですか?)
小天狗からすれば、御神獣と呼ばれる、師匠の天狗や白露の気も、普通の動物や人間とはかなり違っているので、凄い奴が来る!くらいの感覚でしかなかった。
(全くお前は…)
確かに自分は構え過ぎだったのかもしれない。白露は小天狗の少し緩い感覚を見習い、自分には無いが、肩の力を抜こうと思った。
登りの傾斜がなだらかになり、目の前の樹々の向こうに開けた場所が広がっていた。
「何だありゃ?でけぇな!」
その開けた場所のほぼ中央に、巨大な角の生えた白蛇を見つけ、驚きの言葉を口にしたバレ将軍であったが、その表情は平然としてニヤついていた。
「つーか、他の連中はどうした?もう、喰われちまったのか?」
元々急いで登るつもりはなく、側近二人だけを自分に付け、他の兵たちには各々のペースで先に行かせたので、既に誰かしらが戦っていてもおかしくないはずであった。
「ん?」
バレ将軍は、巨大な白蛇と傍らにいる人間の、妙に落ち着いた視線が、自分に向いていることに気付き、側にいる二人を除いた他の部下たちが、倒されたことを確信した。
「オメェら、アイツら
当然この二人に、そんなことができるとは思ってはいないが、自分が戦う前に、少しでも相手の実力を見ておきたくて、捨て石に使おうとしたのである。
そんな思惑には関係なく、バレ将軍の下で長年戦場を駆け生き残ってきた、生粋の叩き上げである側近の二人は、戦う気満々で飛び出して行った。
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