第四十五話 小天狗の戦い方

 鱗王兵の気が、徐々に近づいてくるに連れ、木々の隙間にその姿が目視出来るようになった。

 そろそろ地上に降りようと思ったその時、葉っぱをかすめる音と共に、木々の隙間から小天狗を目掛け、矢が飛んできた。


 もちろん小天狗は、自分に向けられた殺意にも、放たれた矢にも気づいていたので、右手でその矢を受け止めると、全く同じ軌道で投げ返した。

 投げ返した矢は、矢を放った鱗王兵の、弩を持った側の肩口に刺さり、鱗王兵は弩を落として、肩口を押さえながら膝をつくと、苦悶の表情で小天狗を見た。

 

 小天狗は銃を構えるように、右手の二本の指をその鱗王兵に向けると、銀嶺郎のムチの技の応用で、指先に貯めた気の塊を、細い真っ直ぐな棒で強く突き当てるイメージで飛ばした。

 鱗王兵は、空に浮いた敵と目が合った次の瞬間、眉間に強い衝撃を受け、そのまま意識を失って倒れた。


 

 小天狗は浮くために使っていた気を緩めると、自然落下しながら足に多めに気を纏わせ、着地の衝撃とその後の移動の準備をした。

 

 落下している最中にも、小天狗は敵の位置を探り、どう動けば一番近い敵から、一筆書きのように倒していけるかを考えていたが、空中に浮いて目立ったことで、五人ほどの敵が自分に向かって走り出していた。

 

 小天狗は木刀に手をかけると、自然落下での着地をやめ、正面から来る敵に向かって、宙を蹴った。

 

 小天狗を標的にした五人の鱗王兵たちは、上空から真下に落ちてきていた人間が、いきなり直角に運動方向を変えたのを見て、目を丸くして足を止めた。

 逆に最初の標的にされた鱗王兵は、驚いて足を止めたことで、不運にも胴がガラ空きになってしまい、真っ直ぐ向かって来た小天狗に膝を叩き込まれた。

 その鱗王兵は厚手の鎧を身につけてはいたが、防御の体勢をとる余裕もない速さで、飛び込んで来た小天狗の膝は、砲弾さながらの威力でぶち当たり、くの字になって大きく口を開けたまま、一瞬でその意識は飛んだ。

 

 小天狗は、足元に崩れ落ちた鱗王兵を見ることもなく、五メートルほど離れた鱗王兵の方に顔を向け、ほんの少し身体を屈めたかと思うと、次の瞬間には木刀を振り抜いた体勢で、その鱗王兵の傍らにいた。

 訳もわからないまま、その鱗王兵は持っていた剣を落とし、顎を突き出すように前のめりに倒れた。

 

 小天狗を標的にした、残りの三人の鱗王兵たちは、それぞれ足を止め小天狗からの攻撃を警戒したが、二人は一瞬でその姿を見失ってしまい、小天狗から一番離れた場所にいた一人だけが、仲間の一人の背後にその姿を確認した。

 

 その人間は仲間の頭上に跳び上がると、目にも止まらぬ速さで、仲間の右肩口に武器を振り降ろした。

 そして、その人間の姿を見失ったもう一人が、倒された仲間のうめき声を耳にして、振り返った時には、その人間は低くかがんだ姿勢で、その仲間の懐に入り込んでおり、そのまま全身で跳ね上がるように、右手の掌底を下顎に突き上げた。

 

 仲間の身体はまだ宙に浮いた状態であったが、その人間の視線が自分を捉えた瞬間、彼は反射的に小型の盾を付けた左腕を、顔の前に出していた。

 それは、全く見えていなかったが、左腕の盾に衝撃が走ったことで、彼はその人間の初手を受け止めたことに気づいた!

 そして、自分が初手を止めたことで、その人間は一歩下がり、正面に武器を構えた。

 彼はその人間の武器を見て驚いた!

 

(木剣⁉︎)

(ええ、木刀です)

 頭の中に、自分が考えたことの返答が響いて、その鱗王兵は混乱し、小天狗を見た。

(まさか、お前か…⁉︎)

(ハイ)

 そう言って、小天狗は小さく頷いた。

 

(何故だ?戦場に木剣で臨むなんて…我らをナメているのか?)

 鱗王兵のその言葉に、

(そんなことはないですよ。ここを護るって戦う理由はあっても、あなた達と殺し合う理由は、俺には無いですから!)

 と、小天狗は笑顔を見せた。

 

(何を甘い事を言っている⁉︎戦場でまみえた以上、敵と戦うことは殺すことだ!そうしないと、いつまでも戦争は終わらん)

 語気は強いが理性的な口ぶりで、その鱗王兵は語った。

(あなた、意外といい人ですね)

 価値観の違いはあっても、語ることで理解を促そうとする人なら、わかり合える余地はあると、小天狗は信じている。

 だからこそ、殺さずに…、

(でも、今は止めさせてもらいます!)

(後悔しても知らんぞ!)

 鱗王兵は盾を前に半身に立ち、少し腰を落とすと、反りの大きな剣を腰の位置で後方に構え、緊張した面持ちで小天狗と対峙した。

 

 張り詰めた空気を破るかのように、鱗王兵は盾で防御しながら、後ろ手に大きく腕を回して、木刀を断ち切る勢いで剣を振り下ろした。

 小天狗は防御の気を木刀に纏わせ、下から鱗王兵の剣を弾き返すと、そのまま盾を目掛けて打ち下ろした。

 金属製の盾は木刀によって割られ、鱗王兵の腕の骨にはヒビが入った。

 腕を打ち下ろされた勢いで、前のめりになった鱗王兵の肩口に、小天狗は軽く、しかし充分な気を込めた木刀を打ち込んだ。

 鱗王兵は一瞬顔を上げて小天狗を見たが、そのまま意識を失って、膝から崩れるように倒れこんだ。

 

「ふぅ〜っ!」

 と、大きく息を吐いた小天狗に、

(誰も殺さず、戦うつもりか?)

 白露が話しかけてきた。

(出来れば…。それに俺、トカゲは食べませんから)

(だから、私も喰わんわ!)

 間髪入れずの白露の返しに、小天狗は声を出して笑った。

 

(下手すると死ぬぞ!)

 真剣な口調の白露の言葉に、

(大丈夫です!ヤバい時には逃げるって、小桜さんと約束して来ましたから)

 あっけらかんと小天狗は答えた。

 

(銀嶺郎といいお主といい、最近の若いもんの間では、逃げるのが流行りなのか?)

 呆れ顔が目に浮かぶような言い方を、白露がしたので、また小天狗は笑った。

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