第四十四話 ある誤認

 バレ将軍が放った斥候二人は、小桜山の頂上付近まで近づくと、お社の傍らにいる巨大な角のある白蛇と、二人の人間の姿を確認したが、先行した四人の同胞の姿は、確認することが出来なかった。

 

 しかし、斥候の一人は巨大な白蛇の体に、若干の返り血があるのに気付き、白蛇の周りをよく見直した。

 そして、白蛇の近くの地面の一部に、周りと明らかに色の違う、血を吸ったであろう場所を見つけ、

(あの大蛇に喰われたか…)

 と、見当違いな、先行した四人の末路を想像した。

 

 その斥候は、もう一人の斥候に、その場に留まり監視を続けるよう手で合図を送ると、バレ将軍の元に報告に戻った。

 

 

 小天狗は、思わず吹き出しそうになるのをこらえて、白露を見た。

 さすがに、銀嶺郎とメルラにはわからなかったようだが、繊細な気の探索が出来る小天狗と白露には、斥候が頭の中でつぶやいた、

(あの大蛇に喰われたか…)

 という言葉が脳裏に飛び込んできていた。

 

 小天狗の視線には気づいているはずだが、白露は鎌首を上げた状態で、前を見つめて微動だにしなかった。

 しかし、あまりに長く小天狗から、ニヤついた表情で見つめ続けられ、さすがに白露も我慢仕切れず、

(喰っておらんわ!)

 と、ふてくされ気味に吐き捨てた。

 

「え?白露様、喰ってないって何をですかぁ?」

 唐突に聞こえてきた、白露の言葉の意味がわからずに、銀嶺郎は大声で尋ねた。

 

(知らん!)

 もし白露が恒温動物だったら、その白い体は真っ赤になっていたことだろう。

 さすがに今度は、小天狗も吹き出して笑った。

 

 

 偵察に行った斥候の一人は、バレ将軍の元に戻り、見たままの状況と、そこから推察した私見、、を報告した。

 

「ふん、御神獣ってのは、もうちょいお上品かと思ってたが、エグいことしてくれんだなぁオイ」

 そう言いながらバレ将軍は、刃幅が十五センチはある、長い菜切り包丁のような、愛用の刀を手に取ると、

「部下の敵討ちを、なんて気はさらさらねぇが、御神獣だろうがなんだろうが、邪魔な奴は排除しねぇとな」

 そう言って刀を肩に乗せ、ゆっくりと椅子から立ち上がると、山頂に向かって歩き出した。

 

 近くで休んでいた側近たちは、何の指示もないままバレ将軍が動いたため、慌てて追いかけて、バレ将軍を中心に隊列を組んだ。

 

「オメェら、御神獣さんを見つけたら、いつでもやれるように、得物は準備しとけ!」

 

 バレ将軍の言葉に、側近たちの緊張は高まり、一触即発の空気に包まれた。

 

 

 

 小桜山の上空は雲一つなく青く澄み渡っていた。

 

 小天狗は、敵の斥候の一人が報告に行き、見張りに残った斥候が一人になると、一瞬でその斥候に近づいて当身をくらわせると、そのまま、お社の二十メートルほど上空に浮かび、登ってくる敵を観察していた。

 

(まだ見えませんけど、気の感じが闘気に変わって、緊張しながら登って来てますね)

 下にいる白露も、その空気を感じ取っており、

(うむ、戻った斥候が阿呆な報告でもしたんじゃろうな)

 と、不満気な口調で返した。

 

 戦闘が避けられない空気に、小天狗は心の声を閉じ、

(メルラさんもいるし、俺だけは誰も殺さないで戦わないとな…。でも、デカい気のヤツだけは、そんな余裕を持ってやるのは、多分ムリだろうなぁ…)

 不安とも恐怖とも判別しづらい、複雑な心境にとらわれていた。

 

 幼い頃から天狗に接して過ごし、いつしか自分が空想上の超人じみた、非凡な能力を身につけていたたせいで、本来の自分を隠し、平凡を演じて高校生活を過ごしていた。

 

 それがこちらの世界では、非凡な才能が溢れ、知性のある人外の生物までいる。

 ただ、どちらの世界でも力のある知性は、命を軽んじる傾向があるのは同じで、手段の違いこそあれ、戦争は後をたたない。

 命の奪い合いをしないで過ごせる時代と場所に、運良く生まれ育った自分は、どちらの世界でも異端になる運命なのだろうか?

 それでも自分は、平和ボケした感覚のままの自分を貫くしかないと、小天狗は思った。

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