第四十三話 それぞれの…

 小桜山の先に広がる林の中に、一人残された鬼灯は、座り込み声をあげて泣いていた。

 

 初めての任務で、監視する者としての使命を全うせず、要らぬ正義感を見せたがために、格上の敵と闘い危機に陥って、更に格上の生意気なヤツに助けられ、兄の名前まで出して優位に立とうとしたのに、最終的に威圧され、最後は何も言えなくなった…。

 

 自分はもっと優秀で、なんでも上手くこなせると思い込んでいた。

 初任務をしっかりこなして、暗鬼を始め兄弟たちから褒めてもらいたかった。

 とにかく、悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて…、一人になった途端に涙が溢れ、子供の時以来に声を上げて泣いていた。

 

 そこに、バレ将軍たちが小桜山の麓で動きを止めたことで、鬼灯を呼び戻すために送られた、先輩くノ一が現れた。

 

「どうしたの⁉︎」

 樹上から鬼灯の傍らに着地したそのくノ一は、泣きじゃくっている鬼灯に声をかけ、そして周りを見渡して息を飲んだ!

 近くにクナイを受けて死んだ、三体の鱗王兵が転がっているではないか。

 

「鬼灯、あなた闘ったの⁉︎」

 鬼灯は一瞬泣き止んで、先輩くノ一を見たが、

「アタシじゃないも〜ん」

 そう言ってまた泣き出した。

「でも、あなたのクナイよね?」

「そうだけどぉ…殺ったのは、ぜ、全部アタシだけど…アタシじゃないも〜ん…」

 いろんな感情が先に立ち、実際には追手の一人は自分が倒したことすら忘れ、鬼灯は支離滅裂な返事しか出来なかった。

 

「わかったわ、わかったから…」

 先輩くノ一には、何一つ理解不能だったのだが、鬼灯の背中に優しく手を回し、なだめることしか出来なかった。

 

 

 

 小桜山の麓で、バレ将軍は苛立っていた。

 

おっせぇな、もしかしてアイツら、御神獣とやらに、やられやがったか?」

 

 バレ将軍は面倒くさそうに腰を上げると、指を鳴らして側近たちを集めた。

「先発させた連中が戻って来ねぇんで、みんなで行くぞ」

 側近たちは各々の武器を手にして、バレ将軍を囲むように、逆V字に隊列を組んだ。

 

 小桜山の稜線は、さほどの急勾配ではないが、軽快に登れるほどのやさしい傾斜でもない。

 バレ将軍たちは辺りを警戒しながら、隊列を崩すことなく小桜山の中腹まで来ると、一旦行軍を止め、先頭にいた二人を斥候に立てた。

 

 

「全員で登ってくるみたいですね!」

 気を探ることに慣れてきた銀嶺郎は、かなり正確に、気の動きを感じ取ることが出来るようになっていた。

 

「銀嶺郎くん、いつの間にそんなこと出来るようになったの?」

「なんとなく真似してたら、わかるようになってきました」

 小天狗は教えてないことまで、どんどん吸収して身につけてゆく、銀嶺郎の成長の早さに驚き、改めてこの天才少年に末恐ろしさを感じた。

 

 小天狗は、バレ将軍たちが近づいてきていることをメルラにも教え、戦闘になったら隠れているように伝えた。

 

(しかし、私にも何か出来ることは、ないのだろうか?)

 先だっての追手の傭兵との闘いの時にも、何も出来なかったメルラは、自分の力不足を承知の上で、それでも何か手伝いたかった。

 

(メルラさんは命を狙われてますし、そのバレ将軍とやらを阻止した後で、やってもらうことがあるんですから)

 小天狗の説得に加え白露も、

(私も小天狗の言葉に賛成じゃ、其方が生き残ることで、この戦も早く終わるはずじゃからの)

 そうメルラを諭すと、まだ会話のコツは掴めてないが、三人の会話は聞こえている、銀嶺郎が、

「じゃボクが、この人の護衛につきます」

 と、メルラの前に立った。

 

(この少年は何と?)

(貴方の護衛につくそうです)

(大丈夫なのか⁉︎)

(大丈夫ですよ、さっきの女の子より何倍も強いですから!)

 メルラは、小天狗の言葉に驚きを隠せず、改めて銀嶺郎をまじまじと見た。

 銀嶺郎はにこにこと笑い、

「若輩者ですが、よろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げると、真剣な表情になって、真っ直ぐにメルラを見つめ、右手で小太刀の柄を、左手で鞘を握り、小太刀を顔の高さに上げた。

 そして、小太刀のつばを左手の親指で押して鯉口を切ると、勢いよく鞘に戻して、鍔と鯉口で金属音を打ち鳴らした。

 

金打きんちょうか渋いね!」

 金打とは、武士の約束の印として、刀同士を合わせたり、鍔を鳴らす行為である。

 時代劇で見たことはあるが、実際に見るのは当然初めてで、銀嶺郎がちょっとかっこよく見えてしまった。

(木刀にしたの失敗だったかな…)

 小天狗は、周りには聞こえないように心を閉じて、そうつぶやいた。

 

(今のはよくわからないが、彼が真剣に私を護ろうとしてくれているのはのはわかった!感謝する)

 この少年の実力を疑った自分を、メルラは申し訳なく思い、その気持ちも込めてそう言った。

 まさかこの少年が、自分が率いた軍を恐怖のどん底に落とし、命がけでジレコに足止めしてもらった、黒い悪魔の弟であるとは知るよしもなく…。

 

(また二人、近づいてきておるな!)

 小天狗と銀嶺郎も、その気を感じ取っていたが、メルラだけは驚いて白露を見た。

(斥候でしょうね、どうしますか?)

 そう言いながら、小天狗は残りの鱗王兵たちの動きも探った。

(襲って来ないなら、放っておけばよい)

 白露は落ち着いた物言いで、小天狗にそう言うと、

(とりあえず、メルラは隠れておれ)

 メルラにはそう促した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る