第三十二話 傭兵

 リーダー格の追手は、腰のベルトに下げたケースから、三つの湾曲した刃で構成された、中央に穴の空いた円盤状の武器を二枚取り出し、それを左右の手に一枚ずつ持つと、中央の穴に中指を通して、親指の爪で軽く弾いて回転させた。

 次に、その武器を投げ捨てるように指から抜くと、それはヨーヨーのように、手から離れては戻る動きを続けながら、次第に回転数を上げ唸りをあげた。

 

 メルラは見たこともない武器が、その追手の手から離れて、魔法のように舞っているのを、戸惑いながら見つめるしかなかった。

 もし、メルラが小天狗のように、気を見ることが出来ていれば、その武器が細く練った気で、操られていることがわかったはずである。

 

 そしてその武器は唐突に、メルラを目掛けて飛んで来た。

 メルラは剣に手をかけていたが、抜くだけの余裕はなく、籠手の部分で受け流すのが精一杯だった。

 受け流したとはいえ、高速回転したその武器は、厚手の皮と鉄板で出来た籠手を切り裂き、浅いが腕に裂傷を負うことになった。

 間髪入れずに、もう一方の武器がメルラを襲い、のけぞってかろうじてかわしたが、首元をかすめたため、こちらにも裂傷を負うことになった。

 

 追手は両手をタクトを振るうかのように巧みに動かし、回転した武器で何度もメルラを攻撃した。

 メルラは剣を抜き、必死でその武器を払ったが、身体の傷はどんどん増えていった。

 

 メルラがそうしている間に、ヴィーは左手の茂みに潜んでいた追手を見つけ、鋭い足の爪と嘴で攻撃を始めた。

 潜んでいた追手は、ヴィーの大きさと勢いに一瞬怯んだが、両の腰に差したナタのような刀を抜いて、爪と嘴の攻撃を受けながら大きく身体を横回転させると、尻尾でヴィーの横っ面を張り飛ばした。

 ヴィーはそれでも嘴の攻撃をしようと、一歩踏み出したが脳震とうを起こし、そのまま横に大きく倒れた。

 

 ヴィーを倒した追手は、腰に巻いていた編んだ細い皮紐で、二本のナタのような刀をつなぐと、それを器用に身体の周りで回しながら、メルラに近づいて来た。

 

 同時に右手に潜んでいた、両腕に二本爪の鉤爪を付けた追手も姿を現し、メルラは三方から取り囲まれることになった。

 

「生死は問わんとの命令だ、無駄な抵抗はするな」

 リーダー格の追手がメルラに声をかけた。

 

「いやいやいやいや、あんだけ走らされたんだぜ、少しは抵抗してもらわねぇと!」

 と、鉤爪の追手が続けた。

 

「あなたたちは、バレ将軍が何をしようとしてるのか、知ってるの?」

 そうメルラが問いかけると、リーダー格の追手が、

「知らねぇよ、雇い主の目的なんざ、金さえ貰えりゃ興味もねぇ」

 吐き捨てるようにそう言った。

 

「だったら、私もまだ捕まるわけにはいかないわ!」

 一つ大きく息をついてから、メルラは剣を構えた。

「いいねぇ、いいねぇ、いいねぇぇ!」

 鉤爪が甲高い声をあげて、メルラの前に飛び出した。

 

「俺がやっちゃっていいよな?アニィ」

 

 

 鬼灯は全てを見ていた。

 気配を消し、少し離れた樹上から、メルラが明らかに格上の追手たちに、どんどん追い詰められてゆく状況を。

 

 そして、鬼灯は葛藤していた。

 自分の任務は監視であり、任務中はたとえ同胞や家族が危機に陥ったとしても、非情に撤し傍観者であらねばならない。

 それは忍びの家系に生まれ、物心がついた頃から教えられてきたことである。

 

 しかし、実際に目の前の誰かが、なぶり殺されそうになっている状況に置かれたことは初めてで、かろうじて気配を消すことは出来てはいるが、監視者たらんと思考する冷静さを失いかけていた。

 

 鉤爪がメルラの腕に斬りつけ、メルラが手に持った剣を落とし、鉤爪がとどめを刺そうと振りかぶった瞬間であった。

 鉤爪の振りかぶった腕に、鬼灯の放ったクナイが刺さった。

 

 その時、鬼灯は何も考えていなかった。

 いや、自分の任務を全うしなければいけないと、頭の中では言い聞かせ続けていた。

 しかし、身体が反応してしまった。

 それこそ物心ついた頃から毎日投げ続け、的だと思えば反射的に身体が動く、若くても熟練のクナイの技であった。

 

「くっ!誰かいやがったのか⁉︎」

 

 鉤爪は腕を押さえて辺りを見回した。

 もうその時には、リーダー格の追手の武器が、鬼灯目掛けて飛んでいた。

 

 鬼灯は忍び刀を抜き、樹上から飛び降りながら、飛んで来た武器を払い、着地と同時に煙玉を投げ、辺り一面は白い煙に包まれた。

 鬼灯はそのまま逃げることはせず、気配を消したまま、まずヴィーに活を入れ起こし、次にメルラの元にかけよった。

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