第三十話 鬼灯

小桜山近くの山道で、バレ将軍たちから逃げるように踵を返したメルラは、ヴィーの鞍上で何度か振り返り、バレ将軍たちの姿が見えなくなったと同時に、ヴィーに林の中に入るように指示を出した。


(きっと、追手も放たれているはず)


 まずは追手をやり過ごし、バレ将軍たちの目的地である、あの山に先回りする。

 そして、そこに何があって、バレ将軍が何をしようとしているのか?それを確認しないことには、生還して糾弾しようにも、おそらくバレ将軍の言い分だけが通り、自分は愚かな敵前逃亡者として厳罰…いや、処理されてしまうに違いない。


 それに…、この件が鱗王陛下叔父上の指示があってのことだとしたら…、払った犠牲に値する物が、本当にそこにあったとしても、この先自分が何を信じて、国に仕えればいいのか?わからなくなりそうである。


 メルラは、これがバレ将軍の独断であってほしいと、切に願った。


 

 メルラの捕獲を指示された三人の傭兵は、山道をメルラの後を追い、馬並みの速さで走っていたが、メルラの乗るディドはそれ以上に速いため、その姿を捉えられないことに焦りを感じていた。

 しかし、メルラが林に入った場所を通り過ぎて、しばらく走った時、追手の中の一人が、メルラたちの匂いが消えたことに気がついた。

 追手たちは匂いが消えた場所まで急いで戻り、林に入った痕跡を見つけると、匂いを辿って後を追った。

 

 追手たちは気付いていなかった。

 というより、バレ将軍たちと言った方が良いかもしれない。

 辰巳野の砦を出てからずっと、気配を殺し少し離れた場所から、その動きを監視している者たちがいたことに。

 

 刃王の国、剣士隊九番隊は、剣士隊に組み込まれてはいるが、隊長の柘植暗鬼が忍びであるため、諜報活動を専門に行う別動隊を所持している。

 その別動隊は、辰巳野の一報が入ったと同時に、極秘裏に動いていた。

 

 そして今、バレ将軍の動向監視にあたっていた中の一人が、メルラとその追手を追っていた。

 その追跡者の名は『柘植鬼灯ほおずき』。九番隊隊長、柘植暗鬼の妹である。

 妹といっても六人兄弟の末っ子で、鬼灯は十五歳、長兄である暗鬼との年の差は二十もあり、今回が初任務であった。

 

 しかし、鬼灯は気負うことなく冷静に気配を消し、近づきすぎない距離を保ちながら、視力と聴力に意識を集中させ、メルラを追う追手たちを追跡していた。

 

(仲間割れ?言葉がわからないから、正確な状況が掴めないな…)

 そう思いながらも、鬼灯はこれまで見てきたことを、一つ一つ整理した。

 

 まず、我が国との戦闘が始まった中、辰巳野の砦から隠密理に抜け出し、明らかに不自然な行動を取る、かなりの精鋭集団であろうと思われる一行。

 その一行を追って来た、走る鳥に乗った美しい外見の、鱗王軍の将校らしき者(女?)。

 その将校は、隠密行動をとった一行の中の頭目に、強い態度で詰め寄ったが、最終的には背を向けて逃走。

 一行の頭目が三人に将校の追跡を命じ、将校は林に入り一旦は追手から逃れたかに見えたが、戻ってきた追手も林に入った。

 

 ここから導き出されるのは、隠密行動をとっている側の頭目の方が、将校より立場が上であることと、この隠密行動が味方の将校であっても、知られてはならない動きだということ、ということは…。

 

(追手たちへの指令は、逃げた将校の口封じか⁉︎)

 

 鬼灯たち諜報部隊の任務は、あくまでも監視と情報収集であるため、余計な感情移入はしてはならない。

 しかし、鬼灯にとって初めての任務であったためか、元来の真っ直ぐな性格もあってなのか、客観的であらねばならない任務に、少し主観が入り始めていた。

 

(金髪赤紫、上手く逃げきるのよ…)

 

 隠密行動をとっている一行側の、行動全てが悪人っぽいこと、逃げた将校の態度に実直さを感じた上に、その将校が女性であるように感じたことで、鬼灯にはどこか将校を応援する気持ちが芽生えていた。

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