第二十九話 同行

 御池のお社へ戻り、小桜を抱えて御池を渡った小天狗を、銀嶺郎が待っていた。  

 

「二人だけで何処行ってたんですかぁ?」

 小天狗は抱えていた小桜を降ろし、拗ねた口調で口を尖らせる銀嶺郎に答えた。

「小桜山に行って来たんだ」

「え〜いいなぁ、白蛇見ました?白蛇」

 白露のことを白蛇呼ばわりした銀嶺郎に、

「銀ちゃん!はーちゃんのことを、白蛇なんて呼び捨てちゃダメでしょ!」

 小桜はそう言って怒った。

「だって白蛇だし〜」

「ちゃんと「様」を付けなさい、はーちゃんは御神獣なのよ!」

 

 (はーちゃんもどうかと思うけど…)

 兄弟姉妹のいない小天狗には、姉弟のやりとりは微笑ましく、ずっと聞いていたかったが、小桜山のことを考えるとそうも言ってられなかった。

 

「銀嶺郎くん、この前借りた木刀、また借りられる?」

「え⁉︎稽古つけてくれるんですか?」

 と、キラキラした瞳で見つめてくる銀嶺郎に、小天狗は鱗王軍の一団が小桜山に近づいていることを説明した。

 

「木刀でいいんですか?なんなら本身の刀もありますよ」

「いや、木刀で大丈夫…」

 道場で真剣を握ったことはあるが、いくら爬虫類で敵側の兵士であっても、それを使うことはしたくなかった。

 

「そっか!研ぎ澄ました気を纏わせれば、木刀でも斬れますもんね」

 あたりまえの事のように、そう銀嶺郎に言われ、小天狗は自分の迂闊さに呆れた。

 

 何故そんな事に今まで気付かなかったのだろうか⁉︎

 気を纏うことで身体や得物を強化して、衝撃から守ることは普通にやっていたし、宙に浮くような繊細な気の使い方すら出来る。

 こっちに来てからも、銀嶺郎が木刀の先から気をムチのように扱う技を見せられた。

 気の練り方さえイメージ出来れば、強度も形も自由自在に変えられるのだ。

 

「マンガやアニメで、飽きるほど見てきてるのに…」

 

「マンガやアニメってなんですか?」

 小天狗のつぶやきに、銀嶺郎が興味を示し聞いてきた。

「私は知ってるよ!」

 と、小桜が得意げに銀嶺郎の前に立った。

「でも、銀ちゃんには教えてあげない 」

「いいよ、小天狗さんに教えてもらうから」

「あーダメぇ、教えないで!」

 そう言うと、人差し指を口の前に当てて、小桜は小天狗を制した。


(やっぱ可愛いなぁ)

 小桜のその仕草に小天狗は、心の内を見せないようにつぶやくと、顔には出さずに鼻の下を伸ばした。

 

「中途半端に説明するより、あっちの世界で見た方が良くわかるから、その時まで我慢して」

 とりあえずその話を終わらせるために、小天狗はそう銀嶺郎を説得した

 正直なところ、今はそれを説明する時間が惜しいのと、何より小桜の機嫌を損ねるのが嫌だった。

「わかりました、そうだ!木刀でしたよね」

「あ、できれば二本頼むよ」

 

 

「これで良かったですか?」

 この前小天狗が使った木刀の長さを、銀嶺郎はちゃんと覚えており、同じ長さの物を二本選んで持ってきた。

「ウン、ありがとう…」

 そう言いながら小天狗は、腰帯の左右に木刀を一本ずつ差した。

 そして、銀嶺郎が腰に小太刀を差していることに気付き、

「ところで、それ…」

「あ!気付きました?」

 と、銀嶺郎はいたずらっぽく笑い、

「微力ながら、ボクもお手伝いしようかと思いまして」

 

 まだ若いとはいえ、銀嶺郎の才能と実力は相当なものだし、相手の人数を考えれば戦力として申し分はない、しかし…。

 

華鈴さんお母さんの許可はもらえたの?」

「いいえ、言ったら絶対許してもらえませんから」

「だったらダメだよ」

「それを言ったら、小天狗さんも許してもらえないと思いますよ」

 確かにそうかもしれない、銀嶺郎の正論に小天狗は返す言葉がなかった。

 

「自慢にはならないですけど、ボク、逃げ足とかくれんぼには自信があるんですよ」

 自慢にはならないと言っておきながら、銀嶺郎は得意げな表情で胸を張ると、

「だよね、銀ちゃんが逃げたら、黒曜丸兄さんでも捕まえられないもんね!」

 助け船のつもりなのかどうかはわからないが、小桜が銀嶺郎の逃げ足に太鼓判を押した。

「ヤバくなったら、小天狗さんを見捨ててでも、すぐ逃げますから!」

 顔の横で握り拳を作り、銀嶺郎が真剣な顔をして、力強くそう言うと、

「ちょっと銀ちゃん、それはダメだよ!」

 冗談を真に受け、小桜は真剣に銀嶺郎をたしなめた。

 

「安心して小桜さん、多分、俺の方が銀嶺郎くんの倍は、逃げ足が速いと思う…」

 その言葉が終わるかどうかのタイミングで、小天狗の姿は二人の前から消えた。

 

「えっ⁉︎」

 小桜がキョロキョロと目の前を探しているのを横目に、銀嶺郎は振り返って、御池のお社の脇に立っている小天狗を見つけていた。

「速ぇぇ!」

 銀嶺郎の大きな声に、小桜もやっと小天狗の居場所に気付き、ポカンと大きく口を開けて、驚きを隠せなかった。

 

「ほら、銀嶺郎くん、一緒に行くんだろ?」

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