第二十八話 追駆

 辰巳野から北に向かう林道は、普段から人通りも少ない上に、鱗王軍との戦が近いことを知らされていたこともあってか、全く人の姿がなかった。

 その林道を、外套のフードで顔を隠した、明らかに怪しい集団が北へ進んでいた。

 

 その怪しい集団、バレ将軍と側近の兵士に傭兵を加えた精鋭部隊は、小桜山のなだらかな美しい円錐形の稜線が、目視出来る位置まで来ていた。

 バレ将軍は、甲羅のある大トカゲの手綱を部下に引かせ、自分は甲羅に取り付けられた椅子に、鷹揚に深く腰を沈めて、ゆったりと揺られていた。

 

 周りを警戒はしていたが、辰巳野の砦から離れた刃王軍は、バレ将軍の思惑通り戦の対応に手一杯で、今のところ何事もなく進むことが出来ていた。

 そんな時であった、集団の最後尾にいた精鋭部隊の兵士が、後方から近づいて来る何者かの気配に降り返った。

 

 それはメルラを乗せた、鱗王の国に生息する飛べない大型の鳥類『ディド』であった。

 ディドは気性が荒く人にはあまり慣れないが、乗りこなせれば馬より速く走るので、人に慣れたディドは貴重とされていた。

 この頭頂部にだけ赤い飾り羽根が生えた真っ白なディドは、士官学校に入る前のジレコが卵から孵し、メルラに慣れるように育てて贈ったもので、ヴィーと名付けて可愛いがっている。

 

「将軍、アレを!」

 メルラに気付いた兵士が声をかけ、バレ将軍一行は足を止めた。

 

 バレ将軍に追いついたメルラは、ヴィーから降り膝をつくと、

「我が軍が劣勢の折に、どちらにお向かいですかバレ将軍⁉︎」

 と、はっきりとした口調で質問した。

「劣勢?そりゃ指揮官が悪いんじゃね?大隊長は誰だっけ?」

 自軍の戦況など興味がないかのように、バレ将軍は逆に問いかけた。

 

 その問いかけに一瞬たじろいだメルラに対し、

「おお!そうだった、大隊長はお嬢ちゃんじゃねぇか!どした?劣勢になったんで敵前逃亡か?」

 と、ふざけた口調でバレ将軍は続けた。

 

「私の行動を敵前逃亡と言われるなら、ここにいる全員がその罪に問われるのでは?」

 はぐらかすばかりのバレ将軍の返答に、メルラは苛立ちを隠せなかった。

 

「そりゃ違うな!」

 バレ将軍は冷たい瞳でメルラを見ると、

「劣勢の戦場を離れて、ここまで来たのは嬢ちゃんだけじゃねぇか」

 そう言って、ニヤリと笑った。

「追っかけ来てくれて逆に好都合!仮に、他にも俺たちがここにいることを訝しむ奴がいても、敵前逃亡した嬢ちゃんを捕まえるためって、大義名分が出来たわけだからな!」

 

(しまった!)

 せっかくジレコが調べ、命がけで送り出してくれたというのに、それを逆手に取られてしまうとは…。

「あなたの目的は何なのですか⁉︎」

 こうなった以上、それだけは知っておかないことには、ここまで来た意味すらなくなってしまう。

 

「目的?残念だったな、敵情視察だよ」

 と、バレ将軍ははぐらかす言い方しかしなかったが、メルラは見逃さなかった。

(いま一瞬、あの山を見た!)

 目的まではわからない、しかし目的地はあそこであるらしい。

 腹のうちを見せたがらないバレ将軍は、きっと自分を敵前逃亡者として処分する。

(そうなる前に!)

 メルラはヴィーに飛び乗ると、踵を返し逃げることを選択した。

 

「オイオイ、逃げんのかよ⁉︎」


バレ将軍は側近の中から、三人の傭兵を呼ぶと、

「あの嬢ちゃんを連れ戻せ!生死は…面倒くせぇから、どっちでもいいわ」

 メルラ捕獲の指示を出した。

 三人の傭兵はバレ将軍に一礼すると、メルラの逃げた方に向かって、もの凄い速さで走り出し、あっという間に見えなくなった。

 

「じゃ行くか!」

 何事もなかったかのように、バレ将軍は声をかけると、小桜山の山頂を見て「ふん」っと鼻で笑った。

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