第二十七話 動揺
小桜山の小天狗は、辰巳野の方向から感じる、ひときわ大きな闘気同士のぶつかり合いを感じ取り、その一つが黒曜丸であることを認識していた。
そしてその二つの闘気は、ほぼ同時に消えた…。
(まさか、黒曜丸さんが…⁉︎)
心の声が小桜に聞こえないよう動揺を隠しながら、黒曜丸の闘気を探った。
これだけ距離が離れていると、よほど大きな気でない限り、個人を判別することは出来ない。。
決着がつき黒曜丸が気を抑えただけなのか?もしくは想像したくない終わり方をしたのか?ここからでは判断がつかない以上、もどかしさを感じずにはいられない。
小天狗は、黒曜丸を知り、その気も知っているであろう白露にも、目配せで確認してみたが、白露は小さく横に首を振った。
そこまで感じ取ることが出来ない小桜は、戦が行われている辰巳野の森を、不安気に見つめていた。
「兄もそろそろ、あそこに着く頃かしら?」
誰への問いかけというわけではなく、心に浮かんだ言葉を、小桜は声に出してつぶやいた。
小天狗はドキッとしたが、黒曜丸の気を感じ取れなくなったとはいえ、その辺りからは戦闘の気を感じることもなく、その場での戦闘は刃王側が制したと見て取れる。
黒曜丸は無事で、またひょっこり別の戦場で暴れ出すと信じることにした。
それより気になるのは、少し前から人のものではない数十人ほどの気が、どうやらこちらに向かって進んでいることであった。
皆抑えてはいるが、常人の数倍以上はありそうで、その中心にいる者は更に大きな気を持っている。
(白露様、アレってこっちに向かって来てますよね?)
(うむ、鱗王の兵であるな。ちと厄介な感じの者たちみたいじゃ)
ここを目指しているということは、おそらくこのお社の、異世界同士をつなぐ抜け穴が目的だと思っていいだろう。
結界の力が働いているため、あちらの世界へ通り抜けは容易ではないが、小桜山自体は開かれた場所なので、この場所まで来ることは普通に出来る。
観光目的ならまだしも、戦をしている国の精鋭とおぼしき連中が来るなら、小桜とこの場所にいるのは危険である。
(えっ?ここも戦場になるのですか⁉︎)
小天狗と白露のやりとりを聞き、小桜も驚いて入ってきた。
(桜の終わったこの季節に、よその国からここに来る理由は一つじゃ)
白露はそう言うと、姿をふた周りほど大きく変え、その頭には二つの角が現れた。
(ええっ⁉︎はーちゃん大きくなれたの?)
と、関係ないところで小桜は驚き、小天狗は生理的な苦手意識から一瞬怯んだ…。
おそらく白露の本来の姿は、師匠の天狗同様にもっと大きく、角以外の変化もあるのかもしれない。
小天狗が一番驚いたのは、白露が纏った気の大きさと形が、さっきまでとはまるで別物になっていて、そこから感じる威厳は龍のようであった。
(小天狗、小桜を連れ、ここから離れよ)
白露に言われるまでもなく、小天狗も同意見だったので、
(わかりました、小桜さん戻りますよ)
そう言って小桜に右手を差し出した。
(でも、はーちゃん一人で大丈夫なの?)
と、小桜は白露を見た。
(大丈夫かどうか、小天狗に聞いてみるが良い)
小桜と白露の視線に小天狗は小さく頷き、
(大丈夫、白露様は柊様からここの護りを任されてるんだよ、それって天狗の師匠と同じくらい強いってことだから!)
と、天狗の名を出して、小桜を安心させようとした。
(いや、私の方が天狗とやらより強い!)
小天狗と小桜を見ることなく、すました表情で白露が言うと、
(だってさ)
そう言って小天狗は小桜に笑いかけた。
(わかった、はーちゃんケガしないでね)
小天狗と小桜は来た時と同様に、お社の前で手を取り合い、再び白く輝く繭のような光に包まれ、地面に溶け込むように小桜山から御池のお社に戻って行った。
同じ頃、蘇童将軍が陣を張った刃王軍の拠点に、救援の遠征軍が到着した。
遠征軍最高責任者の剣士隊一番隊隊長、十文字焔と二番隊隊長、多々羅銅弦既は到着するや否や、既に始まっている鱗王軍との戦況を確認すると、蘇童将軍の指示をあおぎ軍の編成を始めた。
蘇童将軍と十文字焔、多々羅銅弦の三人が揃った陣幕に入った、伝令からの最初の報告は、黒曜丸が敵将との一騎打ちで、勝つには勝ったが左腕を失った、という衝撃的なものであった。
陣幕内が重い空気包まれる中、
「あの黒曜丸が、腕を失うほどの
多々羅銅弦が絞り出すようにつぶやいた。
「辰巳野の砦を襲って来た連中も、個の能力は人を上回るものがあったが…」
実際に鱗王軍兵士と剣を交えた蘇童将軍も驚きを隠せなかった。
刃王の国の剣士隊の隊長にまでなる剣士たちは、言葉通りの一騎当千の達人であり、一番若いとはいえ黒曜丸の強さは、その美しい容姿と相まって、登用試験を受けた時から皆が知るものであった。
報告によれば、黒曜丸と闘ったその将は、大将を下がらせるための盾になった者であるという。
ある意味捨て駒ともいえる兵士が、それほどの実力を持っていたということは、あちら側にも一騎当千な兵士が少なからずいる、と考えて事に当たらねばならない。
陣幕にいる三将は揃ってそう考え、優勢に運んでいる戦況ではあったが、今後の作戦においては、慎重にならざるを得なかった。
メルラのために命を賭して盾となったジレコの行動は、皮肉にも、バレ将軍の隠密行動を助けることとなったのである。
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