第二十六話 激突
目立つ鱗王軍の将校が走り去るのを見ながら、黒曜丸は新たに現れた銀色の奴の値踏みをしていた。
(赤紫の派手なのより、ひと回りは身体もデカイし、早々に刀も抜いて、ヤル気はありそうだな!ま、強けりゃどっちでもいいんだけどな!)
銀色の鱗王兵の持つ刀は、刃渡りの長い鉈のような形をしていて、切れ味より断ち切ることに特化した刀のようである。
「んじゃ、そろそろ始めようか」
と、黒曜丸が声をかけると、
「エエ、イツデモドウゾ」
銀色の鱗王兵は返事を返した。
「えっ?お前は話せんのか⁉︎」
黒曜丸は驚きながらも嬉しそうに、
「俺は尾上黒曜丸、刃王の国の剣士隊、六番隊の隊長だ!お前は?」
改めて名乗りを上げ、相手に名を問うた。
「私ハジレコ、メルラ様ノ剣デ盾」
「ジレコか…剣で盾か、強そうだな!」
そう言うと、黒曜丸は左足を前に腰を落として半身になると、大太刀を少し寝かせて構えた。
対するジレコは、右手一本で握った剣は下げたまま、小手をつけた左手を突き出すように前にして構えている。
戦場に静かな空気が流れていた。
いつのまにか黒曜丸とジレコの周りには、立っている鱗王兵の姿は無く、遠巻きに数名の六番隊の剣士が、対峙する二人を見ているだけであった。
『かぁさん…』
黒曜丸にその意味はわからなかったが、絞り出すような、倒れていた鱗王兵の最期の言葉がきっかけとなり、測ったかのように、黒曜丸とジレコは地面を蹴った。
二人は間合いを一気に縮めると、黒曜丸は大太刀を横に一閃、ジレコは跳び上がり身体を寝かせ、背面でそれを避けながら横回転で大きく剣を振り降ろした。
黒曜丸はその剣を大太刀で受け流すと、切先を地面に突き立て支点にして、まだ宙にあるジレコの身体に回し蹴りを放った。
しかしその蹴りはジレコの身体をかすめることなく空を切り、二人は体勢を立て直しながら間合いを取った。
「避けるのが上手いヤツだな!」
そう言いながら黒曜丸は、踊るように宙空で身をかわす、ジレコの身体能力の高さにワクワクしていた。
黒曜丸は大太刀を振るっているとは思えない速さで、何度もジレコに斬りつけたが、ジレコはそれを刀と小手でいなしながら、間髪入れず、手足の鋭い爪や尻尾といった、全身を使って攻撃を入れてきた。
周りで見ていた六番隊の剣士たちは、二人の息つくヒマも与えないその攻防、そして、おそらく自分たちよりも強いであろうジレコの動きから、目を離すことが出来なかった。
黒曜丸が横に大きく大太刀を薙ぎ払ったのを、ジレコは後方に跳び、そのまま連続バク転で下がったことで、二人は少し距離を取る形になった。
「マジで強いなアンタ!鱗王の国にはアンタみたいに強い奴がいっぱいいるのか?」
一旦刀を構えるのをやめ、少し呼吸を整えながら黒曜丸はジレコに聞いた。
「我ガ国ノ強イ者ニ興味ハ無イ、タダ私ハ、メルラ様のタメニ強クアルダケ!」
そう言うとジレコは刀を捨て、足元に落ちていた、刃の根元に鉤のついた槍を拾い、扱い慣れた様子で数回旋回させ脇に構えると、素振りがてらに軽く、しかし、目にも止まらぬ速さの突きを見せた。
(野郎、槍も使えるのかよ⁉︎)
いくら黒曜丸の大太刀が長いとはいえ、刀と槍では間合いが全く違ってくる。
先程までの接近戦とは逆に、いかに攻撃をかわしながら、相手の懐に入れるかを考えて戦わなければなならない。
黒曜丸は一つ大きく息を吐くと、首を左右に曲げ骨を鳴らしてから、大太刀を持った右手を、大きくゆっくりと身体の正面に持ってくると、左手を添えて腰を落とした。
改めて大太刀を構えた黒曜丸から笑みは消え、引き締まった表情でジレコを見つめ、自然に溢れ出す闘気が全身を覆っていた。
黒曜丸の纏う空気が変わったことに気づいたジレコも、槍を構えながら戦闘への意識を高めることに集中していた。
ジレコの心拍数は一気に上がり、何倍もの血流が全身を巡ることで体温が上昇、瞳は赤く輝き、筋肉は隆起し、銀色の皮膚の上に何ヵ所も赤い筋状の模様が浮かび上がった。
鱗王の国でもこのような身体強化の出来る者はほんの僅かであり、肉体にも大きな負担がかかるため、戦える時間も限られている。
ジレコは短期決戦で勝負を決めようとしていた。
そして、まるで相撲の立ち合いのように、黒曜丸とジレコの呼吸は合い、二人は同時に動いた。
と言っても、ジレコは前に踏み込み、黒曜丸は後ろに大きく飛び退いた。
ジレコの初手からの数撃を、黒曜丸は下がりながらかわし、ジレコの槍の速さと間合いを測り、懐に飛び込むチャンスを探ってみたたが、ジレコには全く隙がなかった。
(これじゃ埒があかねぇ、正面から受けて打開する以外、出来ることはない!)
黒曜丸はそう肚を決めると、ジレコの槍の鉤の部分に大太刀を振り下ろし、一瞬ジレコの槍を止めた。
黒曜丸はそのまま踏み込んで間合いを詰めようとしたが、ジレコの槍に押し負け大太刀は跳ね上げられた。
この機を逃さず、今度は槍を回転させながら、ジレコは突きの連撃を浴びせ、黒曜丸はそれをなんとか払いはしたが、回転した槍の鉤は容赦なく着物と削り、身体に傷をつけていった。
再び黒曜丸の大太刀が回転する槍の鉤を受け止め、ジレコの動きを止めた時、
ピキーン!
と、高い金属音が響き槍の鉤が折れた。
それは一瞬のことであり、本能が
ジレコは、戦闘力を上げた状態であったが故に、槍の折れた音を聞き、折れた鉤の刃を目で追ってしまった。
一方の黒曜丸は、鉤が折れ負荷が消えたと同時に、槍の切先を右の脇の間に通し、踏み込む動きを、こちらも本能のまま取ると、大太刀をジレコの胸に突き立てていた。
そして、そのまま更に踏み込んで、ジレコの身体を貫いた。
ジレコの瞳から赤い輝きが消え、身体に浮き出ていた赤い模様も薄れてきていた…。
黒曜丸はジレコを貫いた大太刀を握ったまま、間近で初めて翠と青のオッドアイを持つジレコと対峙した。
「今日のところは、俺の方に少し運があったみたいだな」
黒曜丸は真剣な表情で静かに話しかけた。
ジレコは穏やかな表情で、黒曜丸をしばらく見つめてから目を閉じた…。
「私ハ、メルラ様ノ…剣デ盾…」
そう言って見開いた瞳は再び赤く輝き、大きく口を開けると黒曜丸の首元を狙って噛みつこうとした。
黒曜丸は大太刀を離し下がろうとしたが、抱えるように右脇の間を通していた槍を持ち上げられ、足が宙に浮いて逃げ切れず、左腕で首を庇った。
ジレコは、黒曜丸の左腕の肩に近い上腕部分に、その鋭い剃刀のような歯で噛みつき、左腕を食いちぎり投げ捨てると、そのまま膝から崩れ落ちた。
「メル…ラ…」
絞り出すようにメルラの名を呼んだジレコの瞳から光は消え、貫かれた大太刀が支えになり、前のめりで立て膝のまま息絶えた…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます