第二十五話 ジレコ

 最前線にいた鱗王軍の兵士たちには、いきなり現れた黒曜丸の姿が、黒い悪魔のように見えた!

 

 その黒い悪魔は、不敵な笑みを浮かべながら大太刀をふるい、一振りで数名の兵士を斬り捨て、返す刀でまた数名を斬った。

 鱗王軍の兵士たちは弓を捨て、黒い悪魔から逃げようとしたが、狭い道に多くの兵が配置されていたため、すぐに鮨詰め状態になり、身動きが取れなくなった兵士たちはパニックに陥った。

 そこに黒い悪魔の眷属までが現れ、黒い悪魔と同様に暴れ始めたことで、兵士たちの混乱はピークに達し、最前線の鱗王軍は崩壊した。

 

 最前線寄りに陣を構えていたメルラにも、最前線の兵士たちの混乱は見て取れたが、黒曜丸たち六番隊の移動の速さと、その一騎当千ぶりまでは、少人数がゆえにわからなかった。

 目の前の隊列がどんどん左右に割れて、波が押し寄せるように自分の方に近づき、その中心にいる人間に気づいた時には、数十メートルほどの距離に迫っていた。

メルラはその鬼神の如き強さの人間の、流れるような動きに、しばらくの間、息をすることも忘れて見とれてしまっていた。

 

 すると、その人間はメルラに気付き、大きく目を見開いた笑顔らしき表情を見せ、そして叫んだ!

 

「派手なの、見〜っけ‼︎」

 

 人語を解さないメルラには、もちろん何を言ったのかはわからなかったが、その人間が自分を標的にしたことだけは理解した。

 

 

 

 鬼神の如く最前線の敵を斬りまくり、敵の兵士たちを恐怖と混乱に陥らせた黒曜丸であったが、その敵兵たちは、数はいても雑兵でしかなく、斬れば斬るほどフラストレーションが溜まって来ていた。

 

(小天狗とってから、来りゃよかった…)

 

 と、戦の最中さなかに不謹慎なことまで考え始めた時、他の緑っぽい鱗王軍の兵士とは違う、赤紫の皮膚に金色のたてがみ、細身の身体に動きやすそうな鎧を身に着けた、華のある敵の姿が目に飛び込んできた。

 その目立つ鱗王兵は、身に着けた鎧からして敵将であることは間違いなく、黒曜丸のテンションは一気に上がった。

 

 黒曜丸は強く地面を蹴り、鱗王軍兵士の頭上に高く跳び上がると、鱗王兵を足場にして八艘飛びのように駆けて、その敵将との距離を一気に詰め、名乗りを上げた。

 

「俺は刃王の国剣士隊、六番隊隊長、尾上黒曜丸!一騎打ちしねぇか⁉︎」

 

 黒曜丸はそう言って、血の滴り落ちる大太刀の切先を敵将に向けた。

 

 

 

 その人間は、よく通る大きな声で何かを言うと、メルラに長い刀を向けた。

 どうやらメルラを標的としたことを、声も高らかに宣言したようである。

 メルラも剣の腕にはいささか自信はあったが、客観的に見てその人間の強さは、とても自分が対等に戦えるレベルではなかった。

 

(逃げるべきか?いや、逃げたところで…)

 そう決死の闘いを覚悟した時である、銀色の影がメルラの眼前をふさいだ。


「ここは私に任せ、メルラ様は砦にお戻りください」

 それは副官のジレコであった。

「しかし、指揮官の私が、戦場を離れるわけには…」

 メルラの言葉を遮るように

「バレ将軍の動きが妙なのです」

 ジレコは、そう報告した。

 

 そうであった、ジレコには今回の進軍における、バレ将軍の目的を探ってもらっていたのである。

 そして、そのバレ将軍に動きがあった!

 

「精鋭の側近と傭兵らしき者を伴い、少人数で、ここではないどこかに行こうとしているようなのです」

 そのジレコの報告に、メルラはやっと合点がいった。

 やはり、今回のバレ将軍には別の目的があり、自分らはそのカモフラージュに使われたのである!

「部下に見張らせておりますので、メルラ様はお戻りになり、ご確認を!」

 

 ジレコの言葉にメルラの心は大きく動いたが、目の前には刀を向けたままの人間が、少し怪訝な顔をしながらこちらを見ていた。

「そうしたいが、彼奴あやつが!」

「ええ、相当強そうですね!」

 そう言いながら、ジレコは剣を抜き、

「ご存知ないかも知れませんが、実は、私も相当強いんですよ」

 と、振り返って笑顔を見せた。

 

 幼い頃から見慣れた笑顔であったが、最後に見たのはいつだったろうか?

 先にジレコが、そしてメルラも士官学校に入ってからは、お互いに軍人として己れを律し、そして上官と副官という立場になったことで、信頼関係だけを残し、幼なじみは封印して過ごして来ていた。

 

「いいから俺に任せろ、メルラ!」

 

 それは、ずっと優しく見守り続け、助けてきてくれたジレコの、強い想いのこもった言葉であった。

 死を覚悟させるほどの相手の前に、ジレコを置いて行くことは、胸が張り裂けそうな気持ちであったが、メルラはその場を離れることを決意し、両手をジレコの肩にそっと添えて目を閉じると、

 

「ウン…任せた…」

 

 絞り出すように囁き背を向けると、気持ちを振り払うかのように、その場から走り去った。

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