第二十二話 小桜山

 小桜山は標高はそう高くはないが、人の手が加えられているかのような、緩やかな角度の美しい円錐形の山で、その名の通り沢山の桜の木が群生していた。

 その頂上には、神々しいまでの存在感を持つ一本の大きな桜の古木があり、その傍らに建てられた小さな祠が、小桜山のお社と呼ばれている。

 

 小桜山はその形からか、天然の結界のような役割をしていたようで、そこに異世界への抜け穴があることを知る者も少なく、柊が結界を張ったことで、逆に抜け穴の存在が知られる場所となった。

 真上から見ないことにはわからないが、小桜山の中腹には、頂上の桜の古木を中心に五本の大きな桜の木が、正五角形になるように配置されていて、その地中には柊が設置した結界石が埋められ、小桜山を覆うように結界が張られている。

 

 

 小天狗がいた世界では、お社の傍らに天狗は座っていたが、小桜山の護神獣の白露は、小天狗が想像したような大蛇の姿はしておらず、むしろ普通の蛇より小さな白蛇で、祠の中にいるのが定位置だった。

 

 お社の中で眠っていた白露は、小桜山の結界が何かに共鳴するかのように、細かく震える波動を感じて目を覚ました。

 白露は、お社の扉の格子の穴から外に出ると屋根に登り、一番強く波動を感じるお社の前の地面を見つめた。

 すると、波動の中心が光り始め、白く輝く球状の物がゆっくりと湧き出てきて、大きな繭のような形になった。

 

 白露が小桜山を護るようになってから、随分と長い年月が過ぎたが、結界を通り抜けて何かが現れたのは柊ただ一人であったため、最初は緊張し警戒を強めた。

 しかし、光り輝く繭からは、悪意や攻撃的な闘気が発されていない上に、僅かだがよく知った気を感じて、警戒はしながらも排除行動を取るのは控えた。

 

 光る繭は完全に結界を抜け、一旦宙に浮いてから静かに地面に舞い降りると、その輝きは徐々に薄くなって、向かい合い手を取りあった二つの人影が現れた。

 

 小天狗は前回の反省から、周りに気を配りながら、小桜との気の同調を解き始めたが、すぐ近くにとても大きな気を感じていた。

 その気は自分の真後ろに有って、敵意は感じられないが、その大きさから護神獣の白露のものだと想像がついた。

 真後ろに巨大な気を持つ白蛇がいる!それもおそらく師匠の天狗と同じように、規格外の大きさの白蛇が‼︎

 

(めっちゃ怖ぇ…)

 

 その動揺を小桜と真後ろの白露に気取られないように、小天狗は心を閉じたまま、気の乱れを抑えることに集中した。

 

(あ、はーちゃん!)

 

 気の同調が解けた小桜は、ちょうど正面にいた白露に気付いて、嬉しそうに心の声をあげた。

 それは小天狗にはもちろんのこと、白露にも届いたようで、

(小桜、其方そなた話せるようになったのか?)

 と、白露も嬉しそうに返した。

(はーちゃんこそ、話せたのね!)

 白露は護神獣だが小桜にとっては、幼少期から小桜山のお社に来るたびに、黙って傍にいて見守ってくれる、一方的に話しかけていた友達のような存在であった。

 

(そんな声してたのね)

 

 心の声は、受け取る側のイメージが影響するため、外見や話し方で勝手に想像したモノになる。

 なので、小桜には年上のお姉さん風に聞こえているが、未だ白露を見ることをためらっている小天狗には、かなり年齢が上な女性の声で聞こえている。

 

(小桜、どうやってここに来たのだ?あと、その者は誰じゃ?)

 

 当然な白露の疑問に、小天狗は観念し肩を落として、恐る恐る降り返った。

 

(え…?)

 

 目の前にいたのは、小天狗の期待を大きく裏切る、お社の祠の屋根の上に乗った小さな白蛇だった。

 

(貴方が白露様…ですか?)

(おお、お主も話すことが出来るのか⁉︎)

 白露の少し嬉しそうなリアクションに、小天狗は天狗と初めて会話した時のことを思い出した。

 

(初めまして、尾上小天狗です)

(尾上家の者とな⁉︎何故、今まで尋ねて来なかったのじゃ?)

 白露のその問いかけに、小天狗が答えるより先に、

(はーちゃん、小天狗さんは柊様と同じ世界から来たの!私がこうして話せるようになったのも、小天狗さんのおかげなんだよ!)

 と、小桜が嬉しそうに割って入った。

 

(あちらの世界の者であったか、どおりで柊様と同じようにここに現れたわけじゃ!)

 

 白露は蛇なので表情は読み取れないが、頭の中に響く言葉からは、驚きの感情が伝わってきた。

 ちなみに、小天狗がその姿を見るまで聴こえていた白露の声は、少し高飛車な少女の声に変換されていた…。

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