第二十話 現着
鱗王軍に占拠された辰巳野の砦。
元は会議の間として使われていた砦の一室を鱗王軍は本陣とし、バレ将軍を囲んで将校たちが集まっていた。
「将軍、逃げた連中は追わないんですか?」
砦を占拠出来たことに意気の上がった将校の一人が、興奮気味にバレ将軍に尋ねた。
「放っておけ、渓谷を渡りここを占拠出来たことで、目的の八割は達成したからな」
バレ将軍の言葉に別の将校が、
「その目的とは一体何なのですか?」
「明日になったら教えてやるよ!今日はのんびりしてりゃいいんだよ」
と、バレ将軍に言われ、将校たちはそれ以上聞くことが出来なかった…。
(この砦を奪うことで目的の八割…?ということは、目的はこの砦ではなくこの近辺の何かということか?)
メルラは未だに目的を教えられない今回の進軍に、ずっと不自然な思いを抱いていた。
目的は明日教えると言ってはいたが、バレ将軍を信用しきれていないメルラは、この砦に入ると同時に副官のジレコに命じ、近隣のことを探らせていた。
辰巳野の砦を放棄した蘇童将軍は、砦を臨む高台に斥候を配し、砦から街道へ繋がる一本道を、道沿いの木々を倒して封鎖した上で、残った兵たちをその近くの山の麓に集めて陣を張っていた。
封鎖した一本道は狭く、両脇は鬱蒼とした森が広がっているため、鱗王軍が大軍であっても、いっぺんに攻めて来られる数には限りがある。
砦を捨てるのは苦渋の決断ではあったが、援軍の到着を待つ時間を稼ぐための持久戦には、致し方ない選択であり、蘇童将軍は死をも厭わぬ覚悟で先陣に立つつもりであった。
しかし、砦にかなりの数の鱗王軍が入ったとの報告は受けたが、今のところ鱗王軍の動きは無く、夕刻が近づいてきていた。
(もしや、奴ら夜行性で、夜を待っているのか?)
ひと通り兵の配置は済んではいるが、砦を襲った鱗王軍の奇襲の仕方を考えると、蘇童将軍は杞憂せずにはいられなかった…。
その時であった、陣幕の外から多くの蹄の音が聞こえ、兵士たちのざわめきと、何か大きなモノがいくつも倒れる音が聞こえた。
蘇童将軍が陣幕から出て目にしたのは、息を切らせて倒れ込んだ馬と、その傍らで馬たちを労わる屈強そうな男たちの姿であった。
男たちは蘇童将軍に気付くと、片膝を着き重ねた両手を額の高さまで上げ敬礼した。
その中の大太刀を背負った美しい顔立ちの男が、
「蘇童将軍に申し上げます。剣士隊六番隊、隊長、尾上黒曜丸以下剣士隊二十名、ただ今到着致しました!」
と、よく通る声で挨拶をした。
黒曜丸の名乗りを聞き、陣営内の兵士たちから一気に歓声が上がった。
剣士隊の剣士は一騎当千、刃王の国では子供でも知る事実であり、蘇童将軍も剣士隊隊員、隊長を経て現在の将軍の地位についている。
「六番隊の諸君、よく来てくれた!恥ずかしい現況だが説明するのでこちらへ。誰か、馬たちに水と飼い葉を」
蘇童将軍に促され、黒曜丸と六番隊は陣幕に入った。
「今のところ動きは無いが、夜になって動く可能性も捨てきれんのだ…」
蘇童将軍はこれまでの経緯と現状を、飾ることなく正直に伝えた。
「我ら六番隊、最前線で奴らを食い止めるために馳せ参じました!なんなりとお申し付けください!」
と、黒曜丸は隊長らしく答えたが、内心では敵と戦いたくてウズウズしていた。
不謹慎ではあるが、自分たちは戦場の真っ只中に駆けつけると思っていたため、アドレナリンが出まくった状態であったのだ。
「では、夜の護りを任せても構わぬか?」
「ハイ、ではふた班に分け早速!」
黒曜丸は六番隊の剣士たちを、今から深夜までと、深夜から朝までのふた班に分け、鱗王軍の夜の侵攻に備えて警備にあたらせ、自分は今からの警備の班に入った。
すっかり日も暮れ、満天に輝く星の明かりだけが、僅かに辺りを照らしている。
砦から街道までの一本道を塞いだ大木の上に腰掛け、黒曜丸は砦方面をじっと睨みながら思った。
(夜中に進軍する気ならまだしも、斥候程度なら素直にこの道は通って来ねぇよな…)
もちろん道の左右の森の中には、数名の隊員を配置しているが、黒曜丸の本能的な感が敵は現れないと感じていた。
「ちょっと便所借りて来るわ!」
そう言うと黒曜丸は木から飛び降り、砦方面に走り出した。
「あっ、隊長ぉ!」
黒曜丸の行動を察した隊員は止めようとしたが、すでに黒曜丸の姿は闇に紛れていた。
辰巳野の砦。
篝火が焚かれた入り口の門は閉じられ、槍を持った大型の人型爬虫類が二匹、門衛として両脇に立っている。
そこに臆することなくゆっくりと、黒曜丸は近づいて行くと、
「スンマセ〜ン、便所貸してもらえねぇ?」
大声で門衛に声をかけた。
いきなりの人間の登場に、門衛は槍を構え警戒した。
「だから、便所貸してくれよ!わかる?べんじょ!」
股間を押さえてそう言った黒曜丸に対し、門衛の一匹が槍で襲いかかって来た!
黒曜丸はその槍を紙一重でかわし、槍の柄に沿って転がるように回転して、門衛との距離を詰めると、みぞおちに当て身を入れた。
相方が崩れ落ちる姿を見て、もう一匹も槍で突いて来たが、今度は避けると同時にしっかりと柄を掴み、手刀で叩き折ると一気に間合いを詰めて、首から顎辺りに掌打を左右二発打ち込んだ。
門衛二匹を倒れたのを確認すると、黒曜丸はきびすを返し闇の中に消えた。
そして、何事もなかったかのように、再び一本道を塞いだ大木の上に座っていた。
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