第十九話 陥落

鱗王軍本陣。

 

 陣幕の中でくつろいでいた、バレ将軍の元に最前線からの伝令が入った。

「飛行部隊の急襲で橋が降りました!」

 伝令の報告にバレ将軍はニヤリと笑い

「あのお姉ちゃん使えるじゃねぇか」

 と、将校のメルラへの賛辞を口にした。

 

 辰巳野の砦を襲ったのは、将校のメルラが連れてきたトビトカゲの一族の兵士、特殊飛行部隊であった。

 トビトカゲの一族は、飛膜のついた長い特殊な肋骨を広げることで、宙を滑空することが出来る。メルラは事前に辰巳野の渓谷のことを聞いていたわけではないが、彼らの能力を高く評価していたので、今回の遠征に半ばごり押しで連れて来ていた。

 

 そして、僅かな時間で気候を含め辰巳野の土地のさまざまな情報を集めてくれた、副官のジレコの働きも大きかった。

 

 ジレコはメルラが養女に出された家の執事の息子で、明るい銀色の鱗に翠と青のオッドアイを持った、メルラより一つ年上の幼なじみである。

 メルラが出会った頃から、寡黙で物静かな印象は変わっていないが、いつも傍らで見守って、メルラに何かがあれば必ず助けてくれた。

 

 そして、士官志望であったメルラを支えるため、一年早く士官学校に入り、首席で卒業する文武両道ぶりも持ち合わせていた。

 しかし、執事の子であったため、下級将校として同期の無能な貴族将校の下、士官学校時代からの嫉妬心による不当な扱いに耐えながら、メルラの卒業を待って副官となった。

 

 バレ将軍に辰巳野の砦を攻略する策を考えろと言われた時、メルラ以外の将校たちからは、渓谷の幅が広すぎるために梯子も掛けられず、火矢を射掛ける程度の策しか出てこなかった。

 そこに、メルラから特殊飛行部隊の奇襲作戦を提案され、成功すれば皆の功績、失敗すればメルラ一人の責任という条件で、バレ将軍に今回の作戦を上げた。

 

 メルラの考えでは、あくまでも砦の橋を降ろし、再び戻されないように昇降機を壊すだけで良かったのだが、トビトカゲの一族の兵士たちは小柄だが血の気が多く、砦の中で暴れ回ったため、トビトカゲの兵士たちにも犠牲が増えてしまった。

 

 そして、機会を伺っていた鱗王軍の主力部隊は、陣形を横一列から扇が閉じるように縦長に変え、降ろされた橋から砦内への侵攻を始めたのであった。

 

 

 

 

 孤軍奮闘していた蘇童将軍であったが、橋が降ろされてしまった事実に、残った兵たちの安全を第一に考え、砦の放棄という苦渋の決断をすることになった。

 その決断は伝書鳩によって、直ぐに辰巳野に向かっていた遠征軍にも伝えられることとなった…。

 

 十文字焔、多々羅銅弦、尾上黒曜丸の三人の剣士隊長たちは、辰巳野砦の陥落という急報を受け、緊急の話し合いをしていた。

 

「あの蘇童将軍がこうも簡単に…」

 多々羅銅弦は蘇童将軍と親交があり、三人の隊長の中でもその実力を最もよく知る人物であった。

「辰巳野まで急いでもあと一日はかかる、その間にどれほどの鱗王軍が、我が国に攻め入って来てしまうのだ⁉︎」

 さすがにいつも冷静な遠征軍総大将、十文字焔も焦りを隠せないでいた。

 

「ウチの隊の馬は元気です!微力かも知れませんが、自分と六番隊で少しでも奴らの侵攻を抑えます‼︎」

 黒曜丸は力強いが抑えた口調で救援を名乗り出た。

「辰巳野の現況がわからぬ以上、いま迂闊うかつに動くのは得策とは言えぬ…」

 と、十文字焔は止めたが、

「いや、蘇童将軍なら砦を明け渡しても、簡単にそれ以上の侵攻を許すとは思えん!我ら遠征隊が到着するまでの間、六番隊がいるかいないかで戦況は変わるはず」

 多々羅銅弦は黒曜丸の進言を後押しした。

「総大将、お願いします!」

 黒曜丸は深々と頭を下げた。

 

「現況がわからないからこそ行くべき、というのもまた一つの策でもありますか…」

 十文字焔は深くため息をつくと、

「多数決ですから仕方ありませんね、黒曜丸隊長よろしくお願いします」

 そう言って、黒曜丸が救援に行くことを許可した。

「ありがとうございますっ‼︎遠征隊が着くまで絶対粘ります‼︎」

 黒曜丸はもう一度深々と頭を下げその場をあとにすると、直ぐに自分の隊に戻った。

 

 そして、大声で六番隊隊員たちに辰巳野へ救援に向かうことを伝え、隊員十人を選び率いて来た兵たちを任せ、残りの二十人には一緒に来るように伝えると、馬に飛び乗り、

「一刻を争う、遅れるなよ!」

 と言うや否や、隊員たちを置いて行くかのような勢いで馬を走らせ飛び出して行った。

 六番隊の隊員たちも黒曜丸の性格はよく知っているので、取り乱すことも無く馬に飛び乗り後を追うと、直ぐに隊列を組んで辰巳野を目指した。

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