第十七話 王都で
御池のお社から王都までは、徒歩で四十分くらいの距離である。
小天狗と小桜は王都に来ていた。
銀嶺郎も一緒に来たがったが、助けてもらったお礼という名目だったので、華鈴が気をきかせ銀嶺郎を制してくれた。
小天狗は黒曜丸が使っていた、藍色の作務衣に似た動きやすい作りの着物を借りて、九尾の尻尾を首に巻くといった格好、小桜は小さな白い花を散りばめた、薄い藤色の着物を着て王都を散策していた。
出征の影響もあり、王都の民たちの話題はそのことでもちきりで、ある事ない事、想像を膨らませた噂が飛び交い、街は不穏な空気に包まれていた。
(いつもはもっと明るくて、活気がある場所なんですけど…)
申し訳なさそうに小桜は心の声で話しかけた。
(仕方ないよ、こっちじゃ正確な情報はすぐ入って来ないだろうし、戦争なんて聞けば、悪い方にしか想像は膨らまないから)
そう小天狗が返事をした時であった。
「ひったくりよ〜、誰か捕まえてぇ〜‼︎」
声のした方を見ると、小天狗たちがいる路地の一つ向こうの路地を、包みを抱えた男が横切って行くのが見えた。
(ちょっと行ってくる!)
そう言うと小天狗は、少しだけ能力を解放して走り出した。
別に正義感に駆られたわけではなく、あまり出くわすことのない状況に、反射的に身体が反応したといえる。
少しだけの能力の解放とはいえ、常人の倍の速さはあるので、ひったくりの男の背中はすぐ見えた。
(怪我させないように捕まえなきゃな…)
小天狗がそう考えた時だった。
一瞬、前方から強い気が発せられ、ひったくりの男は進行方向とは直角に吹っ飛んで、建物の壁にぶち当たり、その状態で気を失った。
よく見ると、男の着物の襟元に短い槍が刺さっている。どうやら強い気を発した何者かが、走っていたひったくりの男の襟元を狙って、その槍を投げたようだ。
(スゲェな!誰なんだろ?)
小天狗は意識を集中して、強い気が発せられた方を見た。
すると、槍が飛んできた方角の路地の、かなり離れた場所から、ゆっくりと歩いてくる男の姿が確認できた。
その男は、年齢は三十前後であろうか、高い鼻に少し垂れ下がった色気のある目をした、西洋人風の顔立ちで、両耳の周りを綺麗に剃った長髪を、ポニーテールのようにまとめていた。
細身の袴に膝まである長羽織を羽織り、肩にバットケースのような長い筒状の物を担いでいる。
男は小天狗の視線に気付くと、片手を上げて人懐っこい笑顔を見せた。
「邪魔しちゃったかな?」
その男はひったくりの首元に刺さった短槍を抜きながら、小天狗に話しかけた。
「いえ、捕まえるのが誰かなんて、大したことじゃないですから。それより凄いですね!五十メートルくらい離れてたのに、こんなに正確に射抜くなんて‼︎」
「五十メートル…?」
小天狗がうっかり使った距離の単位に、その男は聞き返した。
(こっちの距離の言い方全然わかんねぇ…)
と、小天狗が少し焦っていたところに、ちょうど小桜が追いついて来た。
「あ!
「おぉ!小桜ちゃん久しぶり」
この小桜と知り合いだった男は、剣士隊八番隊隊長、桃陵緋月であった。
「剣士隊の隊長さんだったんですか⁉︎どおりで凄いわけだ!」
小桜から緋月を紹介された小天狗は、さっき見た超人的な技にも納得がいった。
「二人はどういうお知り合いなんですか?やっぱり黒曜丸さん絡みとか?」
小天狗の質問に緋月が、
「父親同士が仲が良くてね、小桜ちゃんは生まれた時から知ってるんだ」
と、小桜の頭を撫でながら答えた。
「もう緋月さん、いつまでも子供扱いしないでくださいよ!」
「じゃ俺んとこ嫁に来るか?」
「それは絶対イヤです!」
小桜は即答で完全拒否した。
「あ!悪い、彼氏の前で不謹慎だったな」
「か…彼氏じゃ、ありません…」
真っ赤になって、今度は歯切れ悪く小桜は否定した。
「小天狗くんだっけ?否定はしてるけど脈有りだから、頑張れよ!」
と、緋月は小天狗の耳元で囁くように言うと、右手を上げ手首から先だけを一度軽く振ると、
「じゃ、小桜ちゃんまた。上手くやりなよお二人さん!」
そう言って、長羽織の裾をひらめかせながら立ち去った。
残された二人は微妙な空気の中、顔を見合わせて気まずそうに笑顔を作りながら、お互いの心の声が聞こえないように、必死で心を閉じた。
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