第十六話 報告

 翌日の早朝

 御池のお社の傍らで宙に浮く座禅をし、精神を集中させている小天狗の姿があった。

 

(師匠…師匠……、聞こえますか?)

 

 磐座のお社と御池のお社がつながっているなら、磐座でお社の傍らに座っている天狗と話しが出来るのではないかと、小狗は天狗に話しかけてみた。

 

 すると、

(おおっ!数多か⁉︎無事に着いたか?)

 意外にハッキリと天狗の声が響いた。

(よしっ!思った通りだ!)

 小天狗は心の中で小さくガッツポーズをして、

(ハイ、師匠の予想通りに上手くいって、小桜さんを送り届けることが出来ました!)

 改めて天狗に返事をした。

 

(どうだ、そっちは?)

(まだ、こっちの尾上家だけしか見てませんけど、二百年くらい昔の世界って感じがします。あと、気を操れる人もいて、ちょっと変わった使い方だったんで驚きました)

(刃王の国と言うくらいだから、刀を身に付けていた時代に近いのであろう、確かに今より昔の方がワレの姿が見える者も多かった。今の世は便利になり過ぎて、人は本来持っておる能力を閉ざしておるのかもな)

 昨日別れたばかりなのだが、天狗の声が聞けたことで小天狗はとても安心した。

 

(あ、そうそう!九尾の尻尾の御守り、いきなり役にたちましたよ‼︎)

 小天狗は楽しかった事のようにに、御池のお社で黒曜丸に斬りつけられた状況を説明した。

 

(よいか、見知らぬ場所では何をする時も、周りを探り防御を取れるだけの気は張っておけ!)

 天狗の真剣な言葉に、小天狗も気を引き締め直し、

(ハイ、少しの油断が大きな痛手につながるって、今回のことで勉強になりました)

 と、真面目に答えた。

 が、直ぐに楽しげな口調に戻り、

(そういえば師匠、こっちではみんな師匠のこと天狗様、天狗様って大人気でしたよ!一度こっちに来てみたらどうですか?)

 少し茶化すように天狗に問いかけた。

(そ、そうなのか?ワレにはここのお役目があるゆえ、簡単に行くことは叶わぬが、オマエが成長し留守を任せられるようになれば、考えても良いかもな)

 天狗のまんざらでもない感じに、小天狗は声が聞こえないように心を閉じて、

 

(師匠、案外早く来そうだな)

 そう想像して笑った。

 

 

 

 同日の午前、辰巳野の国境砦。

 砦内に物見の警鐘の音が鳴り響き、砦の兵たちに緊張が走った。

 

 ほぼ同時に蘇童将軍にも、鱗王軍の兵士たちが大きく横に広がった陣形をとり、こちらに向かってゆっくりと進軍を始めた、という報告が入った。

 

「始まってしまったか…」

 

 既に部下たちには、戦に備えての装備をさせてはいるが、蘇童将軍自身も鱗王の国との戦の経験は無く、鱗王軍がどのような戦術を用いるのか?鱗王兵の平均的な戦闘力や、戦闘スタイルすらわかっていなかった。

 

 砦の物見台に移動した蘇童将軍は、目視出来る位置まで進軍して来た、ニ千は超えるであろう鱗王軍の数の多さに息を飲んだ。

 現在、砦にいる兵は三百あまり、近隣から援軍が到着したとしても六百人に満たない。

 

(渓谷で隔たれていることが唯一の救いではあるが…)

 幸いにも鱗王軍の陣形の中に、幅数十メートルの渓谷に架ける橋となる物やハシゴ、投石器のような武器はは見当たらない。

 

(あれは囮で、別動隊が他の場所から我が国に入り込む作戦なのか?)

 どう仕掛けてくるのかわからないことが、却って考えを混乱させ、不気味に感じた。

 とにかく、何の前触れも無くあれだけの軍勢を集めて、牽制を始めた鱗王軍の目的がわからない以上、監視と警戒を強化して戦に備えるしかなかった。

 

 

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