第十五話 出征
その日の午後、王都の中央広場に遠征軍全員が集められ、出征式が執り行われた。
兵士らには箝口令がしかれていたため、王都の住民たちは何も知らされぬまま、ざわつきながら遠巻きに遠征軍を見ていた。
しかし、遠征軍の兵士の前に設置された台の上に、轟天大将が姿を現した途端、その場の空気は一変し、中央広場は静まり返った。
轟天大将は、広場に集まった兵士たち全員の顔をを見るかのように、右から左へとゆっくりと見渡した後に、軽く一度頷くと、
「剣士隊、並びに兵士たちの諸君、急な召集にもかかわらず集まってくれて感謝する!」
その痩せた体格からは想像出来ないほどの良く通る声で、出征の感謝を口にした。
「うおぉぉぉ〜っ‼︎」
その場にいた全ての兵士たちが一斉に歓声を上げ、広場の熱気が一気に上がり、轟天大将は歓声が収まるのを待って口を開いた。
「辰巳野の仲間たちが、諸君らの到着を待っている。私の長い挨拶は無用だ、強行させてスマン!健闘を祈る‼︎以上だ」
挨拶が終わると、再び兵士たちの歓声が上がり、それが収まりかかったタイミングで、遠征軍の最高責任者である、一番隊隊長、十文字焔が、
「轟天大将に敬礼っ!」
と、頭を下げ、全兵士もそれに倣った。
王都から辰巳野までは、急いでも徒歩で三日はかかる距離ではあるが、急ごしらえの遠征軍の出立は午後、実際には二日半で到着しなくてはならない。
隊長と剣士隊員は騎馬移動だが、黒曜丸の六番隊だけは馬から降り、手綱を引いての徒歩で移動していた。
六番隊指揮下の兵士たちは、若い隊長の下に配属されたことに少なからず不安を持っていたが、自分らと同じように歩いての移動をしてくれる六番隊と、黒曜丸隊長への信頼と士気も上がった。
しかし、当の黒曜丸本人には、そこまで深い考えがあったわけではなく、辰巳野に着いたら先鋒として切り込めるように、馬を休ませておきたいだけであった。
鱗王の国、辰巳野近くに張られた陣の司令官用の幕舎には、六人の幹部が集まっていた。
「何故、使者を殺したのですか⁉︎」
つい先程、陣に到着したばかりの女将校メルラが、総司令官のバレ将軍に語気を強めて問いかけた。
「あん?俺たちは侵略するために来てんだ、あっちの連中にわかりやすく教えてやっただけよ!使者も役に立って本望だろうよ!」
そう言って、バレ将軍が大声で笑うと、メルラ以外の将校たちも追随して笑った。
鱗王の国は二足歩行の人型爬虫類で構成されているが、王族だけが竜人族を名乗っている。
王族の竜人族は、鱗王の国に一番多いトカゲに似た種族なのだが、頭部に二本の角が生えていることが条件でもあり、十年経っても角の生えない者は王族の地位を剥奪される。
将校のメルラも出自は王族であったが、角が生えなかったため、上位貴族の家に養女に出された。
メルラは鱗王の国でも珍しい、赤みがかった紫という皮膚の色をしており、額からたてがみのように生えた長い金髪も美しく、動きやすさを重視した特注の甲冑と相まって、とても目立つ美しい佇まいをしていた。
一方、バレ将軍は、ワニに似た容姿の種族で、他の将校たちよりふたまわりは大きな体格な上、凶暴そうな外見通りの品格に欠けた言葉遣いをするため、短気で気の荒い男と思われがちだが、計算高く狡猾な一面を持つ腹の底の読めない曲者である。
しかし、貧民層から強さだけで将軍にまで上り詰めた男という、成り上がり伝説を持つ英雄として、平民たちからは人気があった。
「
と、言ってバレ将軍は立ち上がり、幕舎から出て行った。
バレ将軍の気配が消えたと同時に、幕舎の将校たちは息を吐き、
「成り上がりが調子に乗りおって!」
「誠に!力だけの能無しのくせに!」
「陣形と戦術を考えておけ⁉︎兵法も学んだことのない貧民に戦術の何がわかる?」
と、口々に罵った。
「その威勢、将軍の前では無理でも、せめて戦場では見せて欲しいものだ」
メルラは、将校らに侮蔑の目を向けながら言い放つと、幕舎を出た。
陰口の矛先が自分に変わったのを背中で感じながら、メルラはつぶやいた…。
「こんな戦に何の意味が…
尾上家に黒曜丸の出征の話が届いたのは、夕餉が終わった後であった。
華鈴は、小桜と銀嶺郎、そして小天狗も同席させて、その事を伝えた。
「まだ戦になるとは限らないゆえ、余計な心配はしなくてよい!」
華鈴はそう言ったが、小桜は心配そうに’
「しかし母様、兄上の性格では一人でも…」
と、そこまで言って口をつぐんだ。
「そうそう!鱗王軍と闘いたくて、戦のきっかけ作ったりするかも〜」
銀嶺郎は空気を読まずに、小桜が危惧したことを楽しそうに言ってのけた。
「黒曜丸も今は剣士隊の隊長の身、そこまで愚かなことはしません!」
「ですよねぇ…」
華鈴にたしなめられて、銀嶺郎は一応申し訳なさそうな態度をとった。
(黒曜丸さんは強いから、きっと大丈夫!)
小天狗は心の声で小桜に話しかけた。
(そうですよね、ありがとうございます)
小桜は小天狗の方を見て、小さく頷いた。
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