第十四話 編成

 お昼をご馳走になった後、小天狗は御池のお社の対岸に座って、考え事をしていた。

 

(あ、いた!)

 

 頭の中に小桜の声が響いて、小天狗は声の聞こえた方に振り向いた。

 

「え⁉︎どうしてわかったんですか?」

 驚いた小桜に、小天狗は、

「ごめん…気を共有したせいで、小桜さんの心の声が、聞こえやすくなってるのかも」

 そう謝った。

 

「えっ⁉︎私の心の声、数多さんに全部聴こえてるんですか?」

「いや、全部じゃないんだけど、強い感情の時に漏れて来るみたいで…」

「どうしよう…数多さんに隠し事出来なくなっちゃう」

 そう言って小桜は頬を赤らめた。

 

「大丈夫だよ、意識すればシャットダウンするのは簡単だし」

「シャット…ダウン?」

「えーっと、心の声をを閉じ込めるっていうか、防御の壁を作るって感じかな」

「そんなことが、私に出来るでしょうか?」

「大丈夫、普通に話しをする時に、黙るのと一緒だから」

 

(じゃ、まずは心の声で話してみて)

 と、頭の中に小天狗の声が聞こえ、小桜は返事に詰まった。

(そう、今の状態だと小桜さんの考えてることは、何も聞こえて来てないから、とりあえず返事だけ出来る?)

(ハイ…)

(うん!ちゃんと聞こえた。もう普通に話せるはずだよ)

(あ、こんな感じでいいんですね)

(そうそう!これが使えると、ある程度離れてても会話が出来るし、万が一の場合に役に立つから)

 

(秘密の話も出来ますね)

 と、小桜は小天狗を見つめて、いたずらな笑顔を見せた。

⦅やっぱ可愛い〜♡⦆

 小天狗は心の声をシャットダウンして、心の中で鼻の下を伸ばした。

 

 

 それからしばらく、二人は御池のほとりに並んで座って、練習も兼ねて心の声だけで話しをした。

 そして小天狗は、小桜が来る前に考えていたことを、小桜に聞いてみることにした。

 

(こっちの世界には、この御池のお社以外にも、結界で護られた異界への抜け穴みたいな場所ってある?)

(ありますよ、私が知っているのはこの国の中の、柊様が張られた場所だけですけど)

(そっか、やっぱあるんだ)

 小天狗が何か納得のいったような、期待に満ちた笑みを浮かべたので、

(なんだか嬉しそうですね?)

 と、小桜は小天狗の顔を覗き込むとそう言った。

(まぁね、ちよっと試してみたいことがあってさ…)

 

 

 

 鱗王の国との国境、辰巳野にある刃王の国の国境警備の砦。

 蘇童将軍の元にその報告が入ったのは早朝であった。

 

 渓谷で分かたれた両国の交易用に、刃王の国の砦側には跳ね橋があり、鱗王の国側の跳ね橋を降ろす場所の近くに、夜の間に汚れた大きな袋が置かれていた。

 衛兵がよく辺りを確認してから、跳ね橋を降ろし、その袋を調べたところ、中にはいたぶられ無残な姿に変わり果てた、使者三人の遺体が入れられていたのである。

 

 蘇童将軍はすぐさま王都へ鳩を飛ばし、砦の兵たちに鱗王軍の動きを注視して、警戒を怠らないよう伝えると同時に、近隣の町や村の兵たちには、いつでも召集に応じられる準備しておくように伝令した。

 

 

 

 蘇童将軍からの知らせを受け、王都では出征の準備が早められることになった。

 国境警備とその周辺の兵だけでは、現時点で集まっている鱗王の国の軍勢に、数でたちうち出来ないため、一番隊、二番隊、そして黒曜丸の六番隊の三剣士隊が先発隊として編成され、それぞれの隊が約五百人を率いて、その日の午後には出発することとなった。

 

「黒曜丸隊長、我らもやっと初陣ですね!」

 

 黒曜丸を始め六番隊の精鋭三十人は、ここ最近の登用試験で合格した若者で、本格的な出征は初めてである。

 

「ウロコの連中が、どれだけやれんのか知らねぇが、喧嘩吹っかけてきたツケは払ってもらわねぇとな!」

 黒曜丸は隊員たちを前に、闘志に溢れた不敵な笑顔を見せ、良く通る大声で皆と自分自身にハッパをかけた。

「こっからは、オメェら一人一人も兵を預かる隊長だ!気ぃ引き締めてかかれよ‼︎」

 

「おおぉ〜っ‼︎」

 六番隊全員の闘志溢れる歓声で、剣士隊の詰所の建物は地響きのように大きく揺れた。

 

 

「若いってのは良いねぇ」

 

 二番隊隊長、多々羅銅弦は、詰所のニ番隊の部屋で隊員たちと共に、六番隊の歓声を聞いて笑顔でそう言った。

 

 銅弦はよわい五十過ぎではあるが、黒々とした髪を後頭部でまとめ、鼻の下の髭を綺麗に整えたダンディな親父で、剣士隊の中で隊長歴は一番長い。

 どんな時でも冷静沈着で、一番隊隊長、十文字焔に隊長筆頭の座は譲ってはいるが、轟天大将の信頼も厚く、他の隊の隊長や隊員からも一目置かれている。

 

「遠征は嫌いじゃないけど、風呂に入る機会が減るのだけは、おじさんには辛いねぇ」

「水と薪は自分らが調達しますんで、隊長は釜だけ担いで行ってください!」

 隊員の一人が冗談を言うと、

「釜かぁ…良いかもねぇ、被れば矢も避けられるしねぇ」

 と、銅弦も冗談で返し、部屋の中は笑い声で満たされた。

 

 

 一番隊の部屋は静かであった。

 

 一番隊隊長、十文字焔は一番隊詰所の上座の席で、瞑想するかのように細い目を半眼に伏せ、静かに調息そすることで、心を落ち着かせようとしていた。

 

(うるさいっ…六番隊はともかく、二番隊までヘラヘラと緩みおって!これから戦になるやも知れぬと言うのに!)

 

 当然の事ながら隊長のイライラは、隊員たち皆が感じとっており、誰一人口を開かず黙って座っている。

 

 十文字焔は、現在は三十代後半であるが、最年少で隊長に就任、数々の功績を上げて、最年少で隊長筆頭に登り詰めた天才である。

 しかし、融通のきかぬ堅物で、冗談も言わないし、通じない男として知られていた。

 

 細い眉に細い目、特徴のない鼻と口をしており、印象の薄い顔をしているが、生まれついての身体能力の高さに加え、日々の鍛錬により鍛え上げられた、鋼のような肉体を持っていた。

 しかし、隊服以外の私服は地味で、センスのかけらもなく、未だ独り身、その能力や功績をかんがみるに色々と残念な男であった。

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