第十三話 好奇心

 同じ頃、御池のお社の尾上家。

 

 応接間であろう広くて上品な、和室っぽい部屋に通された小天狗は、華鈴、小桜、銀嶺郎の四人で話しをしていた。

 

「では、大外の結界の護り石の修繕は済んだのですね!」

 と、安堵した表情の小桜の手を握り、

「いなくなった其方を探していて、見つけたのですぐに直しました」

 母親の華鈴はそう言った。

 

「ところで小天狗様は、いつまでこちらの世界に、滞在されるのですか?」

「小天狗様はやめてください華鈴さん、呼び捨てでいいですよ」

「呼び捨てなどとんでもない!では、小天狗殿では?」

(殿って、あっちの世界じゃ一生呼ばれることないな)

 と、少し面白いかもと思いつつも、

「親戚なんですし、せめて「君」か「さん」でお願いします」

 そう言って小天狗は頭を下げた。

 

「十日ほどですか」

「ハイ、剣士隊の試験を受けてみたい気持ちはあるんですが、まだ学生ですので、今回はそれで帰ります」

「ではその間は、ウチに逗留してください、小桜や銀嶺郎も喜びますので」

 華鈴のその言葉に、横で聞いていた銀嶺郎が口を挟んだ。

「一番喜ぶのは、兄上でしょうけどね」

「それは困るな…」

 小天狗の大袈裟に困惑した表情に、その場にいた皆が笑った。

 

「じゃボクが、部屋に案内しますね」

 銀嶺郎は、お気に入りの親戚のお兄さんが来たかのように、少年らしくはしゃいで小天狗を誘導した。

「銀嶺郎、くれぐれも粗相のないように、頼みますよ」

「兄上じゃないんですから、大丈夫ですよ」

 

 小天狗は、華鈴と小桜に一礼して、銀嶺郎について部屋を出たが、間際に見た小桜の表情が少し寂しそうだったので、

(小桜さん、またあとで)

 と、心の声で話しかけた。

 

「えっ⁉︎あ、ハイ!」

 思いがけず届いた小天狗の言葉に、声に出して返事をしてしまい、小桜は頬の染めた。

「何です?急に返事などして」

 当然、意味のわからない華鈴は、急に声を上げた小桜を目を丸くして見た。

「すみません母様かかさま、考え事をしていたら、急に話しかけられたような気がして」

「其方も疲れたのでしょう、部屋でゆっくり休みなさい」

 華鈴は優しく小桜の腰に手を回し、小桜を促した。

「ハイ、母様」

 小桜は母の優しさと、小天狗がかけてくれた言葉に、温かいものを感じていた。

 

 

 客間に案内された小天狗は、銀嶺郎から質問攻めにあっていた。

 

「最後の飛ぶのは、どう気を操ればいいんですか?」

「天狗様って怖いんですか?」

「小天狗さんのいる世界って、こっちとどう違うんです?」

 

 少年らしい好奇心を、目を輝かせてぶつけてくる銀嶺郎に、少し圧倒されはしたが、小天狗としては、自分もこっちの世界の聞きたいことがたくさんあったので、銀嶺郎の気持ちは解らなくはなかった。

 

「とりあえず、こいつを覚えるといいよ」

 そう言って小天狗は胡座をかき、座禅の姿勢での空中浮遊をしてみせた。

 

「コレの感覚が掴めれば、飛ぶのはこの延長だし、結界を抜けてあっちの世界にも行けるはずだから」

「ホントですか?何かコツは?」

 銀嶺郎は、今日見た中で一番の興奮を見せて、空中浮遊に食いついた。

(こういう所は、黒曜丸さんと兄弟って感じだよな)

 

「ほら、銀嶺郎君は手合わせの時に、足元と木刀の先に気を溜めてたよね?」

「えっ⁉︎見えてたんですか?」

「まぁね、何をやってくるかわかんなかったから、観察させてもらった」

「やっぱり小天狗さんは凄いですね!」

「いやまぁ、それはいいんだけど、その時の気の感覚の応用で、これくらいは出来ると思うよ」

「そうなんですか⁉︎」

「銀嶺郎君は、木刀の先に溜めた闘気を、自分の意思で動かしてるだろ?」

「ハイ」

「空中浮遊の場合は、まず気で全身を包み込む感じにして、その気を上に引き上げる感覚を覚えれば、意外と簡単に浮かぶはずだよ」

 

(コレって銀嶺郎君にだから、簡単って言えるけど…かなり無茶な教え方してるよな俺)

 

 銀嶺郎は座禅の姿勢をとり、小天狗に言われたように全身に気を纏った。

 

 小天狗は視る能力を上げ、銀嶺郎を視た。

「もっと薄くていいよ、シャボン玉の中に入ってるくらいの感じで」

 すると、銀嶺郎の纏った気から一気に力が抜け、薄く丸く彼を包み込んだ。

 

(ヤバっ、こんな簡単に出来んのかよ…)

 小天狗がそう思った時にはもう、銀嶺郎の身体はふわりと宙に浮いていた。

 

「あ!浮いてる」

 と、目を開け声を出して喜んだ瞬間、銀嶺郎を包んでいた気が乱れ、座禅の姿勢のままお尻から床に落ちた。

 

「ゔっ‼︎」

 

 僅か数十センチほどの高さでも、全体重をお尻で受けるのはかなり痛かったようで、しばらく銀嶺郎の悶絶は続いた…。

 

「気を抜いちゃダメって、こういう事だったんですね…」

 まだお尻を押さえながら、銀嶺郎はしみじみと反省した。

「てか、一回教えただけで出来るなんて、天才かよ⁉︎」

 小天狗は軽い嫉妬を込めてそう言った。

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