第十ニ話 辰巳野

 刃王の国の南東、幅数十メートルはある深い渓谷で分たれたりん王の国との国境くにざかいの町、辰巳野。

 

 鱗王の国の領土である渓谷の向こう側は、遠くに見える山並みは緑だが、渓谷から先は草木も少なく、所々に剥き出しの岩が転がった、黄色く乾いた荒涼な大地が、延々と広がっていた…。

 

 五日ほど前から、物見の兵が目視できる距離に、鱗王の国の軍隊とおぼしき集団が陣を張り、演習のような事を始めたのである。

その人数は日増しに増え、今では千人以上に増えていた。

 その事は、すぐに王都にも伝えられ、轟天大将の剣士隊隊長召集となった。

 

 鱗王の国は、その名の通り鱗を持つ、二足歩行型爬虫類の種族が治めている国である。

 隣接している国同士なので、国交がないわけではないが、不可侵条約は交わされてはいない。

 

 国境の警備を任されているのが、いつき蘇童そどう将軍である。背こそそれほど高くはないが、筋骨隆々で、太い眉に意思の強そうな瞳、顔の半分を髭で覆われた、無骨を絵に描いたようなその見た目とは裏腹に、蘇童将軍は身分や年齢、性別に関係なく、誰にでも親身に接する、繊細な優しさを持ち合わせており、兵士や近隣の住民からも人気があった。

 その蘇童将軍が、現在、状況の把握と分析に頭を悩ませていた

 二日前に送った鱗王の国の陣への使者が、未だ戻っておらず、蘇童将軍は国境軍の兵に常時武装を命じ、万が一の戦に備えさせた。

 

 

 

 その頃、王都「白鞘しらさや」の国城の一室では、轟天大将の召集で集まった、十一剣士隊の隊長達が顔を揃えて席に着き、轟天が来るのを待っていた。

 

 一番隊隊長、十文字焔じゅうもんじほむら。槍の名手

 二番達隊長、多々羅銅弦たたらどうげん。二刀流の遣い手

 三番隊隊長、俥千寿楼くるませんじゅろう。居合いの達人

 四番隊隊長、不動紗々ふどうさしゃ。弓の達人(女性)

 五番隊隊長、麻乃烝あさのじょう。大斧遣い 徒手格闘王者

 六番隊隊長、尾上黒曜丸。大太刀遣い

 七番隊隊長、藍銀太朗あいぎんたろう。青龍刀遣い

 八番隊隊長、桃陵緋月とうりょうあかつき。短槍遣い(二槍)

 九番隊隊長、柘植暗鬼つげあんき。忍者

 十番隊隊長、篝白雪かがりしらゆき。鞭の名手(女性)

 十一番隊(王宮警護隊)隊長、玉虫頼母たまむしたのも。刃王一刀流免許皆伝 (王族)

 

 隊長達は年齢も性別も違うが、それぞれの隊に約三十人の腕利きの隊士を抱え、その隊士達もまた、有事の際には十〜三十人の兵士を率いる小隊長となる。

 ちなみに、この隊長達の中では、黒曜丸が最も若く新顔の隊長で、小天狗の前で見せた粗野で粗暴な態度は影を潜め、黙って大人しく末席に座っていた。

 

「どぉして急にみんなが集められたの?誰か知らな〜い?」

 十番隊隊長、篝白雪が立ち上がり口を開いた。

 白雪という名とは裏腹に、黒皮の袖無しの膝上丈の着物に、赤を基調とした派手な帯、その帯に鞭を巻き付けた、見るからに気の強そうな女性である。

 

「情報通の暗鬼くん、何か知ってるぅ?」

 

 こちらも黒を基調とした装束の、九番隊隊長、柘植暗鬼は、前髪でほぼ隠れた切れ長の目を片方だけ開け、白雪を一瞥いちべつするとすぐに目を閉じて腕を組み、白雪をシカトした。

 白雪も、そういう態度には慣れっこなようで、何事もなかったかのように、

「頼母くんなら知ってるわよね?」

 と、十一番隊隊長、玉虫頼母の後ろに回ると、抱き抱えるように腕を回して、耳元で囁いた。

 

「ちょ、ちょっと、白雪隊長!こ、こういうことは、やめていただけますか⁉︎」

 頼母は、真っ赤になって白雪の腕を振り払い、席を立って白雪と距離を取った。

 玉虫頼母は、黒曜丸の次に若く、見るからに真面目そうな好青年で、王族だけあって上質な物を仕立てた、美しい着物と袴、袖無し羽織を身に付けている。

 

「あら?頼母くん、もしかして女に興味ないの?」

「そんなことはありません!」

「あ!みんなが見てるからね、ゴメンなさ〜い、続きは後でね♡」

 そう言うと白雪は自分の席に戻った。

 しかし、白雪は席にはつかず、同時に全ての隊長が席を立ち、入り口に注目した。

 

 隊長達に緊張が走る中、入り口が左右に開き、銀髪で着流し姿の痩せた初老の男性が、二個の水晶を右手の中で転がしながら入って来た。

「ご苦労様です、轟天大将!」

 一番隊隊長、十文字焔が頭を下げると、残りの隊長達も声を揃えて

「ご苦労様です!」

 と、頭を下げた。

 上座に腰を下ろした轟天大将は、左手を上げ皆を着席させた。

 

「忙しい中集まってもらって、スマンな」

 そう言って、一人一人の顔を見ると、

「既に知っている者もいると思うが…鱗王の国との国境警備から、見える所でウロコの連中が陣を張って、集まり始めているらしい」

 と、状況を説明した。


 現状を知らなかった隊長達は息を飲み、

「あぁ、そういうこと!」

 白雪のつぶやきに隊長達は、

「戦になるのですか?」

「被害は⁉︎」

「刃王様は何と⁉︎」

 堰を切ったように、思い思いの質問を轟天大将に投げかけた。

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