第十一話 銀嶺郎

 小天狗は、さっきと同じ木刀を選ぶと、今度は正眼に構えた。対する銀嶺郎も、短めの木刀を選び、右の脇構えで対峙した。

 

 脇構えは、腰の横で刀を地面と水平にする構えで、刀の長さが隠れるため、間合いの取りにくい構えである。

 

(やっぱ小柄だから、スピード重視の剣術なのかな?)

 

 全身の気の巡りを整えてから、小天狗は銀嶺郎の様子を伺うため、視る能力を上げた。

 すると、銀嶺郎が纏った闘気は、足元と木刀を持った両腕に、多く流れていることがわかった。

 

(あれ?腕に流れ過ぎなんじゃ…)

 と、思った刹那、銀嶺郎は左足を一歩踏み込むと、木刀を横に薙ぎ払うように振った。

 

 小天狗と銀嶺郎は、三メートルほど離れて対峙しており、一歩踏み込んだくらいでは木刀は届かない。しかし、小天狗は大きく跳び上がって、それを避けた。

 

 それは、木刀の先からムチのように長く伸びた、銀嶺郎の闘気であった。

 

(こんなこと出来るのかよ⁉︎そりゃ短い木刀選ぶわけだ!)

 そう考えながら小天狗は宙に舞い、その闘気のムチを観察した。

 

「高く跳び過ぎです!」

 銀嶺郎はそう言うと、木刀を返して振り上げ、再び闘気のムチが、空中の小天狗めがけて襲いかかった。


「よしっ!」

 銀嶺郎が勝利を確信したその時、小天狗は空気の壁を蹴るかのように移動し、闘気のムチは空を切った。

 

「えっ⁉︎」

 銀嶺郎が驚きの声を上げた時には、小天狗は銀嶺郎の木刀の切先の上に立っていた。

 

「ゴメン…俺、ちょっとだけなら、空中を移動出来るんだよね…反則だけど」

 そう言って、ふわりと小天狗が地面に降り立つと、

 

「やっぱり、凄いですね!完敗です」

 銀嶺郎は、キラキラした笑顔を見せて頭を下げた。

「いや、銀嶺郎君こそ凄いよ、あんな風に闘気を操れるなんて!勉強になったよ」

(黒曜丸さんに助言されてなきゃ、ここまで用心して対戦しなかったし、あの闘気を木刀で受けてたら負けてたもんな…)

 

「よぉ〜し!次は俺の番なっ‼︎」

 対戦を振り返り反省する暇もなく、黒曜丸の大声が響いた。

 

 振り返らなくてもビンビン感じる、剥き出しの闘気を放って、黒曜丸は近づいて来た。

 

すげぇ凄ぇ!最初に見た時は、俺も一本取られた銀の技を、大したもんだ!」

 と、小天狗が銀嶺郎に勝ったことで、一層テンションを上げ、耳元で聞くにはキツすぎる声量で話しかけてきた。

「今のじゃ疲れてないだろ?ささっ、すぐやるぞ!」

 

(声も態度もデカイし…そもそも、アンタさっき土下座してたでしょうが!)

 と、少しイラっとしたので、

「いえ、疲れてますよ、結界抜けるのにも体力使ったし、万全な状態でやりたいんで、明日にしてもらって良いですか?」

 そう言って小天狗は、黒曜丸を冷たく突き放した。

「ちょっと待てよ!俺のこのやる気はどうすりゃいいんだよ⁉︎」

 

 その時だった、息を切らした一人の男が駆け込んで来て、黒曜丸の前で膝をつき、

「申し上げます!緊急事態により、剣士隊全隊長は至急城に集まるようにとの、お達しでございます!」

 そう伝令を伝えた。

 

「何ぃ⁉︎今すぐにかよ⁉︎」

「ハッ!軍務大将轟天様、直々の召集で、二番隊隊長と、黒曜丸隊長以外は、既にお集まりになられております」

轟天ごうてん大将の召集だと⁉︎」

 轟天大将の名を聞いて、黒曜丸の表情が引き締まった。

 

 轟天大将は『刃王の国』三大将の一人で、名字は「紫鷹しよう」その強さと武功の多さから『武神将』の異名を持つ、黒曜丸が最も尊敬する武人である。

 

 黒曜丸は小天狗に近づき、

「スマン、仕事が入った。楽しみにしてくれてたところ悪いが、今日の手合わせはお預けだ」

 と、まるで手合わせは、小天狗が切望していたかのように、話をまとめた。

 

(美形だけに真剣な顔で言われると、そうだったみたいな気にさせられるのが、ちょっと腹立つな…)

 

 とはいえ、自分の力がこちらでも、それなりに通用したことで、少し安心出来た小天狗であった。

 

「小天狗さん、良かったですね!兄上はしつこいですから、相手をしていたら自分が勝つまで、離してもらえませんでしたよ」

 と、自分のことのように安堵した笑顔で、銀嶺郎が話しかけてきた。

「そうなんだ」

 おそらくそうであろうとは想像出来たが、それよりも小天狗は、そんな黒曜丸をあっさり引き退らせた、轟天大将のことが気になっていた。

 

「ねぇ、銀嶺郎君、轟天大将って、そんなに凄い人なの?」

「ハイ、轟天大将はこの国の生ける伝説ですから!年齢はもう六十に届くはずなのに、今でもこの国で一番強い武人と言われていて、兄上が子供の頃から憧れていた人です」

 

(この国で一番強い武人か‼︎)

 

 こちらの世界に来てわかったことがある。小天狗がいた世界とは違って、こちらの世界の人たちは、少なからず気を操れるということだ。

 この国一番の武人ともなれば、相当な気の遣い手なのは想像に難くない。

 しかし、天狗という人ならざる神獣の、気の大きさを知る小天狗には、人である轟天大将の気が、天狗のそれを上回るとは思えなかった。

 だからこそ、最強と謳われる轟天大将が、どう気を操るのか?その威力はどうなのか?それをどう身に付けたのか?という興味が次から次へと湧いて、ワクワクが止まらなかった。

 

(轟天大将、会ってみてぇ〜‼︎)

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