第十話 手合わせ
尾上家、中庭。
中庭と言ってもかなり大きく、植栽のない部分だけでも、小天狗の通っていた道場の倍の広さはあった。
小天狗は、使用人が持ってきてくれた木刀の中から、少し短めの物を選ぶと、軽く振ってその使い心地を確かめた。
「そんな短いのでいいのか?」
大太刀遣いの黒曜丸は、小天狗が選んだ倍近い長さの木刀を、天秤棒のように肩に担いで聞いてきた。
「これくらいのに慣れてるんで」
小天狗の通っていた剣術道場は、主に小太刀を扱う流派で、近接格闘に特化した剣術であった。
(槍相手の稽古はしたことあるけど、やっぱ長剣は勝手が違うんだろうな…?)
黒曜丸の踏み込みの速さは、さっき目の当たりにしているので、後は太刀筋や間合いを見極めなければならない。
(あの感じだと、五割くらいは力を解放しないと、ついていけないかもな…)
小天狗が考えている五割というのは、動きが一・五倍になるというわけではなく、普段はほぼ使っていない、経脈への気の流れを五割にすることであり、身体能力自体は十倍近くに跳ね上がる。ちなみに、座禅で宙に浮くのには、二割も解放していない。
つまり、黒曜丸の身体能力をそれと同等か、それ以上の超人だと小天狗は判断していた。
小天狗と黒曜丸は、五メートルほど離れて対峙した。
「じゃ、やろうか⁉︎」
そう言うと、黒曜丸は長い木刀を正眼に構えた。
一方、小天狗は右足を前にして、木刀を左腰に差した位置に当て、軽く腰を落とした。
「お!居合いか⁉︎」
黒曜丸はニヤっと笑うと、全身に闘気を纏った。
「いえ、貴方の剣を受けるには、抜刀の勢いが必要かと思いまして」
と、小天狗も全身に気を巡らせた。
「イイねぇ、わかってるじゃねぇかっ!」
長い木刀を上段に降り上げると、黒曜丸は一気に間合いを詰めて、小天狗めがけて木刀を振り下ろした。
木刀を構えたままで動かない小天狗に、周りで見ていた華鈴や小桜たち、そして黒曜丸も振り下ろした木刀が、小天狗の額を割ったと思った。
だが小天狗は額を割られることも無く、黒曜丸の首元に木刀を突きつけていた。
黒曜丸を始め、華鈴も小桜も何が起こったのかわからなかった。
(凄いな!この人…)
唯一、銀嶺郎を除いては。
銀嶺郎だけが見たそれは、こうだった。
振り下ろされた黒曜丸の木刀が、額に当たる寸前、小天狗は木刀の切先が届かない紙一重の距離だけ下がり、再び同じ位置に戻ると同時に、木刀を黒曜丸の首元に突きつけていた。
黒曜丸の木刀の一閃は、目にも止まらぬ速さであり、それに合わせた小天狗の動きは、動体視力に優れた銀嶺郎以外には、一瞬の揺らぎにしか見えなかった。
「おお〜、やるなぁ!」
黒曜丸は嬉しそうに目を丸くして、小天狗を見つめた。
「いや今の、さっきより手加減してましたよね?」
「やっぱりわかるか?スマン!ちょっと遠慮した」
(遠慮って…手加減してはいたけど、確実に当てに来てたよ、アンタ)
そう思った小天狗は、この単細胞な武闘派イケメンをからかいたくなった。
「でも一手は一手なので、お相手ありがとうございました」
と、深々と礼をしてから、黒曜丸に背を向けて、使用人に木刀を返した。
(え?)
黒曜丸は口を開けて、目を点にした。
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ!」
そして、慌てて小天狗の前に周り込み、その長い手を大きく開いて制止した。
「試すようなマネして悪かった!今度は最初から全開でやっから、も
そう言って膝をつき、黒曜丸は額を地面につけて土下座した。
友達になりたいとは思わないが、黒曜丸の愚直なまでの素直さに、小天狗は少し好感を持った。
「すみません、兄の前にボクと手合わせしてもらえませんか?」
背後から声をかけてきたのは、銀嶺郎だった。
小桜の弟ということは、中学生くらいだろうか?小天狗は最初、まだ線も細く、黒曜丸のように長身でもない銀嶺郎を見て、
(弟の方は、文科系っぽいな)
という印象を持っていたが、手合わせを願い出た銀嶺郎は、ニコニコと笑う少年の表情の奥に、静かだが独特の闘気を秘めていた。
(やっぱ兄弟っていうか…この国の男子はみんなこうなのか?)
そう思いながら小天狗は、銀嶺郎がどういう剣を遣うのか、すごく興味があった。
(てか、俺も同じか)
「銀!横はいりするんじゃねぇよ!」
「一手は一手、兄上の順番は一回終わってますから」
「兄を立てるのが弟だろ⁉︎」
「兄なら、弟の成長を見守ってくださいよ!」
と、黒曜丸と銀嶺郎は、小天狗の気持ちそっちのけで、手合わせの奪い合いを始めた。
小天狗は、二人の母親である華鈴の方を見てみたが、何事も無いかのように小桜と話していた。
(こういうことは、日常茶飯事ってことか…仕方ないな)
「わかりました。まず銀嶺郎君と手合わせして、その後に黒曜丸さんと、もう一度やらせてもらいます」
小天狗がそう言うと、銀嶺郎は勝ち誇った表情で、
「兄上、小天狗さんがお決めになってくださいました。よろしいですよね!」
語尾を強調して、黒曜丸を黙らせた。
黒曜丸は小天狗に近づき、小声で、
「ガキだからって、銀をナメてかかると痛い目みるぞ!気をつけろよ」
そう助言した。
小天狗は、黒曜丸が助言をくれたことも意外だったが、文科系っぽい少年にしか見えない銀嶺郎に、黒曜丸ほどの武闘派超人が、一目おいていることに驚いた。
「ありがとうございます、気をつけます」
小天狗がそう言うと、黒曜丸は軽く二度小天狗の肩を叩いて、ニヤリと笑った。
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