第九話 御池の尾上家

 刃王の国側の結界の中心である御池のお社は、二百メートルトラックの内側ほどの広さの池の中央に顔を出した、直径三メートルほどの小島の上に置かれている。

 

 その御池の結界が微細な振動を始め、さざなみが小島を中心に波紋を拡げていた。

 結界の異変を感じ、誰よりも早く御池のお社の対岸に着いた黒曜丸は、初めて見る光景に目を奪われた。

 

 御池のお社のある小島が、内側から光を放ち、それがだんだん強く明るくなったかと思うと、お社の向かって右側の岩肌から、光に包まれた繭のようなモノが、ゆっくりと姿を現したのである。

 

「何だありゃ⁉︎」

 黒曜丸は腰を落とし、背に背負しょった大太刀の柄に手をかけ身構えた。

 

 光の繭は、その形の全てが岩肌から抜けると、ふっと光が消え、両の手を取り合った二つの人影が現れた。

 二つの人影は、結界を抜けてきた数多改め小天狗と、小桜であった。

 

「あれは、小桜っ!」

 

 お社の小島に現れた人影の一人が、小桜と確認したと同時に、黒曜丸は大太刀の柄に手をかけたまま、御池の水面を水切りの石が弾けるように走っていた。

 

「その手を離さんかぁぁ〜‼︎」

 黒曜丸は、小島の手前で水面を蹴り、飛び上がりながら大太刀を抜き放つと、小天狗に斬りかかった。

 

 高い集中を続けて結界を抜け、目を閉じたまま、気の調整に入っていた小天狗は、さすがにいきなり斬りつけられるとは想像すらしておらず、黒曜丸から向けられた殺気と、目前に迫った大太刀に、

 

(ヤバっ、間に合わねぇ!)

 

 右腕を上げ少しでも防御の気を集めようとした瞬間、首に巻いた九尾の尻尾が光り、大太刀に向けて霊力の壁を作り、盾となった。

 

「なっ⁉︎」

 斬りかかった勢いを、カウンターで返された黒曜丸は大きく弾き飛ばされ、そのまま背中から池に落ちた。

 

「小桜さん、大丈夫だった⁉︎」

 そう言って小桜を後ろに庇い、池に落ちた暴漢からの二撃目を警戒しながら、小天狗はあることに気がついた。

 

(あれ?確か今の奴…「その手を離さんか」って叫んでなかったか?)

 

「ごめんなさいっ、今の兄なんです‼︎」

 小桜は深く頭を下げて謝った。

「お兄さんっ⁉︎」

 と、小天狗が驚いたその時、大太刀を握った腕が水面から飛び出し、続いて黒曜丸も顔を出した。

 

「きっ貴様ぁ〜、今何をしたぁ〜⁉︎」

 

 どうやら御池は足が立つ深さらしく、黒曜丸は叫びながら、水面から大太刀と顔だけ出して近づいて来る。

 それを見た小桜は小天狗の前にまわると、

「兄上っ、それ以上の無礼は許しません、お下がりください!」

 よく通るしっかりした口調で、黒曜丸を叱責した。

 

「え?小桜…何故だぁ???」

 

 

 

 小天狗は小桜を抱き抱え、対岸まで御池の上を歩いて渡った。

 

 そこには、小桜の母親で当主の華鈴、弟の銀嶺郎、尾上家の使用人達と、ずぶ濡れの黒曜丸が待っていた。

 

 岸に着き、小天狗が小桜を下ろすと、小桜は母の華鈴に駆けより抱きついた。

かか様、ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

「無事でなによりじゃ。それより、そちらのお方は?」

 華鈴に促され、小桜は華鈴から離れると、

「この方は、あちらの世界で私を助けてくださった、天狗様のお弟子さんの、あま…じゃなくて小天狗様です」

 と、小天狗を紹介した。

 

「天狗様のお弟子さんとな⁉︎」

 それを聞き、華鈴だけでなく周りの者が皆ざわめいた。

「ハイ母様、小桜も天狗様にお会いして、お話しもさせていただきました」

「なんと⁉︎其方も天狗様に?」

「ハイ、それは美しく神々しいお姿でした」

 

 こちらでの天狗の崇拝のされ方に、驚きながら小天狗は口を開いた。

 

「尾上小天狗です、よろしくお願いします」

 

 再び周りがざわめき、

「尾上?貴方も尾上の家の方なのですか?」

 と、華鈴が驚きの表情で聞いて来た。

「ハイ、向こうでもお社の管理は尾上の家が引き継いでます。師匠の話では、柊様の生家でもあるそうです」

「柊様の御生家!では、本家のお方なのですね」

 

 小天狗は、自分がかなり七光り的な立場なのが、むず痒くて仕方がなかったが、未知の世界なので、優遇されるのはありがたいことだと、割り切ろうと思った。

 

「そんなお方にいきなり斬りかかるとは、黒曜丸、きちんと謝罪致しなさい!」

 華鈴に叱責され、黒曜丸は小天狗に向き直って膝をつき

「い、妹を助けていただいたのに、かどわかしたと勘違いして斬りつけてしまい、大変申し訳ありませんでしたぁ‼︎」

 と、額を地面につけて大声で謝罪した。

 

(この人、綺麗な顔してるのに、行動はガサツな体育会系だな…)

 小天狗は、そう思いつつも、

「まぁ、これのおかげで怪我もなかったですし、気にしないでください」

 と、九尾の尻尾を触り、黒曜丸に笑顔を向けた。

 

 すると黒曜丸は、急に目を輝かせ、

「ということは、それが雲切りを弾いたからくりですか⁉︎」

 と、にじり寄ってきた。

 

(立ち直り、早っ…)

 

 首元に黒曜丸の暑苦しい眼差しを感じながら、小天狗は説明した。

「ええ、これは師匠から借りた御守りで、この尻尾自体が強い霊力を持ってるんで、護ってくれたみたいです」

「おお〜っ、さすがは天狗様の御守り!どおりで、岩をも真っ二つに出来る、雲切りの一撃を弾けたわけだ!」

 

(サラっと、怖いこと言ってるな、この人)

 と、小天狗が腹の中で苦笑いしてると、

 

「どうですか?天狗様のお弟子さんなら、こっちの方も相当なモノですよね?御守り抜きで一手お手合わせ願えますか?」

 黒曜丸は、新しいおもちゃを目の前ににした、獣のようなギラギラした目で、小天狗を見つめた

 

(体育会系というより、武闘派ヤンキーに近いかもな…)

 

 そう思いつつも小天狗は、能力ちからを解放した自分の実力を測るのに、うってつけな相手だと、ワクワクしている自分を感じていた。

「あの…俺、手合わせって初めてなんですけど、それでもかまいませんか?」

 

 刃王の国の人からすると、小天狗の台詞は意外だったようで、華鈴や銀嶺郎を始め、周りの使用人達の中に、怪訝な空気が流れた。

 

 だが、黒曜丸だけは

「かまわんかまわん!断わらねぇって事は自信あんだろ?今やろう、すぐやろう!」

 と、やる気満々で小天狗の肩を抱いた。

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