第八話 出立

『刃王の国』、御池のお社の側に建つ、小桜の生家『尾上家』。

 

「小桜は戻って参りましたか?」

 早朝から小桜の兄、黒曜丸の声が尾上家に響き渡った。

 黒曜丸は、小桜の安否の確認をするため、剣士隊の仕事の合間毎に、わざわざ実家に戻って来ていた。


「戻ってきたら連絡するって、言ってるでしょう!」

 尾上家の当主でもある母親の華鈴かりんは、一日に何度も帰ってくる黒曜丸に、呆れ顔で言った。

「しかし、もう四日も帰ってないのですよ!心配するのが当然ではないですか⁉︎」


「心配するのと、兄上がしょっちゅう帰ってくるのは、関係ないと思いますよ」

 後ろからあくびと大きな伸びをしながら、黒曜丸と小桜の弟、銀嶺郎ぎんれいろうが口をはさんだ。

 銀嶺郎はまだ幼さは残るが、兄、黒曜丸同様美しい顔立ちの少年で、兄とは違い、落ち着いた神秘的な雰囲気を持っていた。

 

「うっせ〜わ!お前が消えた時には、一回も戻って来てやんねぇよ!」

 と、黒曜丸が弟に、大人気ない対応をした時であった、三人は御池のお社の方で、結界が揺れるような波動を感じた。

 間髪おかず黒曜丸が反応し、脱兎のごとく駆け出していた。

 

 

 時は少し遡り…。

 

 磐座のお社の脇に、数多と小桜が並んで立っている。

「小桜さん、不安かもしれないけど、俺のこと信じて欲しい」

「ハイ、おまかせします」


 磐座の大岩を降りた場所で、二人を見ていた天狗が、小桜に声をかけた。

(小桜、オマエは一度、数多に気をもらってるゆえ、数多の気を感じたら、素直に受け入れるだけでよい)

「ハイ、天狗様。お会いできて嬉しかったです。機会ががあればまた参りますので、どうかお元気で」


 天狗は、自分を敬う気持ちの強い小桜を、とても気に入っていた。

(数多、小桜のこと絶対に守れよ!これは御守りだ)

 そして、その昔、柊に渡した真っ白な尻尾を数多に渡した。

「師匠、この尻尾って?」

 数多は、そう言いながら尻尾をマフラーのように首に巻いた。


(ああ、それな、昔馴染みの九尾の奴が、神の仲間入りする時に置いていった尻尾で、霊力が残ったままだから、使い方次第で役に立つはずだ)

「九尾の狐の尻尾なんですか⁉︎スッゲー‼︎」

 天狗の口から飛び出したビッグネームに、数多のテンションは爆上がりした。


「九尾の狐の尻尾を、マフラーにしてるなんて、俺、十倍は強くなってる気がする!」

 天狗はそんな数多を見て、九尾の狐に負けた気がして、内心面白くなかったが、

「九尾の狐ってなんですか?」

 と、九尾を知らない世界から来た、小桜の言葉に溜飲を下げた。

 

(無駄話はこれくらいにして、そろそろ行くがよい)

「ハイ、師匠。じゃ、小桜さん…」

 そう言って、数多が伸ばした両の手を、小桜はしっかり握った

「あっちのお社のことだけ思い浮かべて」

 磐座の上で、数多と小桜は目を閉じて、互いの気に集中した。


 すると、二人は徐々に手を繋いだ感覚がなくなっていくのを感じていた。

 小桜との気の流れの同化を感じた数多は、二人の身体が磐座に溶け込むように、ゆっくり沈んでいくイメージを、互いの経絡けいらくを通して拡げていった。


 二人の身体が、光のベールに繭のように包まれて、ゆっくりと磐座に沈んでいくのを、天狗は優しい瞳で見つめながら、柊のことを思い浮かべ、静かに語りかけた。


(オマエの魂を受け継ぐ子らを、時を隔てワレの元に送り、今度はちゃんと見送らせてくれたのか?あちらでは、ワレの力は届かぬゆえ、オマエがしっかり護ってやってくれ)

 

 天狗が見守る中、二人を包んだ光の繭は、磐座に完全に溶け込んで消え、磐座は再び苔に覆われた大岩に戻った。

 天狗は磐座の上に戻ると、うずくまって身体を丸め、磐座アゴを乗せ目を閉じた。


 静かにつぶやいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る