第七話 祖父母
向こうの世界で小桜の兄黒曜丸が、小桜を思い奮闘したり、号泣していた同じ頃。
数多は家に小桜を連れ帰り、祖父と祖母に正直に紹介した。そして、これまで内緒にしていた天狗のこと、弟子入りして得た能力のことを話し、いつもの空中に浮く座禅を見せた。
祖父と祖母は、最初は少し驚いたが、狗神のお社を代々管理してきた家の者ということもあってか、受け継がれて来た伝承と合致する、数多の話を信じて聞いてくれた。
「別の世界にもお社をお護りする、尾上の家の
目の前に座った小桜を見ながら、祖父がしみじみと言った。
「こちらの世界では、柊様のことは伝わっては、いなかったのですか?」
残念そうに小桜が聞くと、祖父は、
「いや、神隠しにあった娘の話は、あるにはあるんじゃが…。その娘は、お社をないがしろにして、狗神様の罰が当たったと聞いとります」
「そんな…」
自分の祖先である柊の話が、悪し様に伝わっていると知り、小桜は落ち込んだ。
「いや、ホラ、それは間違って伝わってるって、じいちゃんたちにもわかったんだし、逆に良かったって思っていいんじゃない?」
数多のフォローに、小桜も少し気を取り戻して、
「そうですよね、天狗様も柊様はすごかったって、仰ってましたもんね!」
少しの間を置いてから、数多は姿勢を正すと、祖父と祖母に向き直り言った。
「じいちゃん、ばあちゃん。俺さ、小桜さんを送って、向こうの世界に行ってみようと思うんだ。ほら、明後日からゴールデンウィークだし」
すると、これまで黙っていた祖母が、口を開いた。
「ちゃんと帰って来れるんかね?」
数多は少し考えてから、
「わからない…けど、絶対帰って来るよ!」
「ほうか、なら行っといで」
と、祖母があまりに呆気なく許可したのを聞き、祖父は慌てて割り込んだ。
「いやいやお前!どんな危険があるかもわからん所なのに、そんなあっさり認めちゃダメじゃろうが!」
「お社の狗神様…んにゃ、天狗様が大丈夫だとお認めになられとるのに、アタシらが認めんなんて、バチ当たりでしょうがね⁉︎」
「いや、それは…」
天狗の名を出されて、祖父は言い返せなくなった。
「それともアンタが、小桜ちゃんを送ってってあげるかね?」
「ああ、もう、わかったが。ワシだって、全面的に反対っちゅうわけじゃないがね」
祖母のダメ押しに、祖父も完全に折れ、数多は大きく息を吐いた。
(ばあちゃんのおかげで、なんとか上手く収まったけど…、母さんにはしばらく黙っといた方がいいかもな。)
翌日、早朝六時
数多はいつものように、磐座のお社の横に座る天狗の前で、地面から少しだけ浮いた状態で、座禅を組んでいる。
(そういえば…、師匠、どうすれば結界を抜けて、向こうの世界に行けるんですか?)
(さぁな?ワレは、向こうに行ったこともないし、行こうと思ったこともないからな)
と、そっけなく天狗言った。
(そんなぁ、せっかく祖父母から行ってもいいって、許可ももらえたのに…)
(ただ、オマエは柊の血族ゆえ、意外とあっさり通れるかもな)
(え⁉︎そうなんですか?)
(こっちに来てみろ)
そう言うと天狗は、いつも座っている磐座のお社の横から離れた。
(俺なんかが磐座の上に、乗っちゃってもいいんですか?)
恐縮し躊躇する数多に、
(向こうと繋がってるのはここなんだから、ここに乗らなきゃ何も始まらんだろうが)
と、天狗は呆れ顔で促した。
(そうですよね…)
自分のうっかり具合に、苦笑いするしかない数多であった。
数多はお社に丁寧に一礼してから、ふわっと浮かび上がると、静かにそっと磐座の上に舞い降りた。
(そこで、さっきのように座り、いつもと逆のことをやってみろ)
天狗の言葉に数多は、
(逆?ああ、わかりました!やってみます)
数多は、磐座の上で座禅を組むと、いつもの浮かび上がる意識とは逆の下方向、磐座に沈み込むことに、意識を集中させた。
集中が深くなるにつれ、数多の意識は磐座と同化していき、真っ白な世界の中にいた。
すると、数多の身体はベールに包まれるように発光し、座っている磐座の表面が静かに波打ち始めると、徐々に沈み始めた。
(そこまでだ、戻って来い!)
遠くから聞こえてきた天狗の声に、数多の意識はゆっくり現実に引き戻され、自分が何をしていたのかを思い出した。
(あ!師匠、すみません…)
数多は我に返り、自分の周りを見回した。
(ワレこそすまぬ、オマエの実力を見誤っておったようだ。ワレの思いつきをこんなに簡単にこなすとは…、オマエの
天狗に褒められることに、慣れていない数多は、
(もしかして俺、滅茶苦茶ヤバかったってことですか?)
何故かウラ読みして受け取った。
天狗は少し面倒くさそうに
(いや、上手くこなし過ぎて、結界を抜けてしまうところだったのだ…)
そう言われて、数多はやっと、
(マジっスか⁉︎ヤバっ!)
テンションを爆上げして喜んだ。
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