第六話 黒曜丸
天狗は続けた…。
(ワレが傷ついたことを、柊は我が事のように受け止め、己れの未熟さと力不足を深く悔んでおった。そして、その原因が結界の脆弱さにあると、都の陰陽師の元に三年も身を寄せて、強力な結界術を身につけ、戻ってきてくれたのだ…)
「じゃ、今の結界は柊さんが、張り直したものなんですか?」
(ああ、そして柊は、結界をより強力に張るため、ワレに黙って…)
数多は思った。天狗が柊のことを語らなかったのは、危険な場所に行く決断をさせてしまった、自分自身の不甲斐なさと、向こうに渡った柊の安否を、今日まで知る術がなかったからなのだろうと。
「その柊様の結界なんですけど…」
恐縮しながら、小桜が言った。
「最近、私がいたあちら側の、大外の護り石の一つが壊されていたんです。」
小桜の話によると、向こう側では、御池のお社を中心とした五方向の直線上に内、外、大外と護り石が置かれ、三重結界が張られているという。
その大外の結界の護り石の近くで、今年に入ってから数回、人ではない連中がうろついているのが、近隣の者に目撃されており、その頃から時々、大外の結界に
宮守の家の娘で、巫女でもある小桜は、歪みの原因を調べに行き、壊されている護り石を見つけた。
その近くを調べていた時に、吸い込まれるように暗い穴に落ち、かなり長い間彷徨った末に、こちらの世界に迷い込んで来てしまったそうだ。
「なるほど、デカ頭怪人と赤狒々って、そこを通って出て来たのか!」
「デカ頭怪人…?」
小首を傾げる小桜に、数多は聞いた。
「向こう側って…、人以外の種族って、いっぱいいるの?」
「ハイ、私が住んでいるのは、人の領主様が治める『
「『ジンオウ』の『ジン』って人?」
「いえ、
それを聞いて、数多のテンションが一気に上がった。
「刃の王‼︎ってことは、刀の国ってこと⁉︎それとも、武人とか剣士の国とか⁉︎」
「両方です。刀造りも盛んですし、剣術もすごく盛んで、剣の腕を認められれば、身分に関係なく士族として登用されます。宮司の家の私の兄も、登用試験に首席合格して、今は国の剣士隊の隊長をやっています。」
数多が、剣道ではなく剣術を習ったのは、家から一番近くの道場が剣術道場だったからという、単純な理由ではあったが、剣術を習ったことで、数多は武士や侍に対して人一倍憧れを持っていた。
「別に、士族になりたい気持ちは無いけど、その試験、俺も受けてみたいな!」
と、数多は目を輝かせた。
しかし、それを聞いた小桜が、少したしなめるように、
「数多さんの実力はわかりませんけど…、兄から聞いた話しでは、国中の腕自慢が参加する中、何人抜きもしなければ受からない、厳しい試験らしいですよ」
(え…)
思いがけない小桜の言葉に、
「俺、そんなに弱そうに見える?」
数多のテンションは一気に下がった。
(なら、受けに行ってみればどうだ?小桜の話では、向こう側も人の国、ワレが杞憂しておったほどの危険はあるまい)
不満気な数多に、天狗が助け船を出した。
「いいんですか、師匠⁉︎」
(柊の域には届いておらぬが、既にオマエ自身の能力は、天狗を名乗った弟子と遜色はないからの)
「マジで⁉︎だったらもっと早く、教えといてくださいよ」
(ふん、調子に乗られてはかなわんからな!向こうで天狗を名乗ったりするなよ!)
「それなんですけど、小天狗くらいなら良いですか?」
数多は、以前から考えていた名前を口にした。
(小天狗…。うむ、ワレには及ばぬという謙虚さもあり、ワレの弟子とすぐわかる。なかなか良い名ではないか!)
と、天狗はご満悦そうに尻尾を振った。
「じゃ、向こうに行ったら俺『尾上小天狗』って名乗ります!」
『
目と牙を剥き出して威嚇する黒い
長身の男は、長い黒髪を首の後ろで無造作に束ね、細い袖の着物に細身の袴、派手な陣羽織という姿で、刀身が四尺はある大太刀を背負っていた。
一方、黒い狒々は、短パンのような短い袴に、
「貴様かぁ〜⁉︎」
長身の男が、吠えるように叫んだ。
「我が最愛の妹、小桜を
長身の男の名は『尾上
「ゥガァァ〜ッ‼︎」
黒い狒々は、叫び声をあげながら跳び上がり、一瞬で間合いを詰めると、黒曜丸の頭上から二つの鎌で斬りかかった。
黒曜丸は、その両の鎌の攻撃を、滑るように下がって避け、背負った大太刀の紐を手前に引くと、担ぐようにして大太刀の柄を両手で握り、一気に抜刀した。
そして、右足を引いて半身になると、頭の位置で両腕を伸ばして大太刀を握り、野球のバッターのような構えで、リズムをとるように刀身を揺らしながら、黒い狒々を見据えて言った。
「おら、もう一回かかって来いよ!」
黒い狒々は、腰をかがめ警戒体勢を取り、
「ホッホッホッ!」
と、高い声で三度吠えた。
「何だそりゃ、馬鹿にしてるのか⁉︎」
苛立ちを隠せず、黒曜丸は叫んだ。
が、周りの気配の変化に直ぐに表情を引き締め、その独特な構えが闘気に包まれた。
すると、周りの木立が揺れ、新たに四匹の狒々が現れた。
「いいじゃん、やっぱ
そう不敵に笑う黒曜丸に対し、両端の二匹が同時に飛びかかった。
黒曜丸は、ダウンスイングのように雲斬りを振り降ろし、その勢いを殺すことなく軌道を変え、左手一本で左側の一匹を斜めに斬り上げると、流れるように身体を半回転させ、右から来たもう一匹を、一刀両断に斬り下げた。
そのまま眼光鋭く狒々たちを睨むと、
「次!」
そう言って雲斬りの切先を、真ん中の黒い狒々に突きつけた。
数十秒後。
震える雲斬りの切先から、滴り落ちる血溜まりの周りには、五体の狒々の
黒曜丸は小刻みに震えながら、空を見上げたまま立ち尽くし、号泣していた…。
(小桜のこと、聞き忘れたぁぁぁ…)
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