第五話 天狗

 磐座のお社に戻った天狗が目にしたのは、足元に散らばる焼け焦げた磐座の大岩の残骸と、磐座があった場所に空いた大穴…。

 そして、大穴の傍らにあぐらをかいて座り込んでいる、初めて見る大物の客の姿であった。

 

 その客は、人に近い形をした筋肉のかたまりで、隆起した胸と腹筋の周りを除いては、長めの体毛で覆われていた。そして、最もその客を異形たらしめているのは、アメリカバイソンに酷似した、巨大な三本角の牛頭が乗っていることであった。

 天狗より二回りは大きいその客は、筋肉同様に強大で荒々しい気を、隠すこと無く垂れ流し、威圧感を放っていた。

 

「何だ、無傷じゃねぇか」

 意外にも、その客は人語を発した。

「岩の上にお座りしてるって聞いたから、本気出して吹き飛ばしたのによぉ」

(貴様っ、何者だ⁉︎)

「何だよ、こっちっじゃ知られてねぇのか?俺様もまだまだだな…」

 そう言うと、おもむろに立ち上がり、

「俺様は、牙突毘がつび!国潰しの牙突毘だ!」

 と、何故か笑顔を作って、ボディビルダーのように筋肉を誇張しながら名乗った。

 

(ワレは天狗、磐座の社を護りし者。一度だけ言う、今向こうに戻るのなら、此度の蛮行は見逃してやる)

 

「見逃してやるだと⁉︎そりゃお前が、俺様より強いってことか?」

 牙突毘の表情が一変し、その強大で荒々しい気が、一気にドス黒く膨れ上がった。

 

「ナメたことかしやがって…」

 牙突毘は、その巨体に似合わない速さで、天狗との距離を一気に詰め、

「殺ぉ〜す‼︎」

 と、怒声をあげ、大きく振りかざした右の拳を打ち下ろした。

 しかし、天狗の顔面を打ち抜いたかに見えた牙突毘の拳は、天狗の身体をすり抜け、地面に突き刺さった。

「何っ⁉︎」

 牙突毘は、消えた天狗の姿を探して辺りを見回したが、どこにも天狗の姿は無かった。

 

「クソ犬め、どこ行きやがっ…」

 そう言いかけた瞬間、辺りに影が差し、牙突毘は頭上を見上げ驚愕した。

 

 百メートルは離れているだろうか?そこには、いつのまにか宙に移動した天狗と、その天狗の周りをゆっくりとまわる、無数の岩が浮かんでいた。

 

(アマキツネ!)

 

 頭の中に天狗の声が響くと、天狗の周りをまわっていた無数の岩が炎に包まれ、火球となって牙突毘に降り注いだ。

「ウォォォォっ‼︎」

 牙突毘は避ける間もなく、降り注ぐ無数の火球を全身に受けると、火球に埋もれ業火に包まれた。

 

 『アマキツネ』は天狗の技の中でも、一、二を争う強力な奥義であり、自身の霊力の消費も相当な技である。

 天狗が最初からこの大技をを使ったのは、相手が自分をなめて油断してるうちに、一気に決着をつけてしまいたかったためで、それほどまでに天狗は、牙突毘の力の強大さを、ひしひしと感じとっていたのである。

 

 天狗は宙空に浮かんだまま、牙突毘の埋もれた火球の小山を観察していた。

 火球の炎はほぼ消えて、焼け焦げた岩の隙間から煙が立ちのぼっている。しかし、火球の炎が消えていったのとは逆に、埋もれた牙突毘の気は、再び大きくなってきていた。

 

 そして、牙突毘の気が急激に大きくなるのと同時に、小山の岩が爆発したかのように、辺り一面に四散した。

 四散した岩は、砲弾のように周りの草木をなぎ倒し、宙に跳んだ物の一つは、天狗の鼻先をかすめて行った。

 弾き跳んだ小山のあった場所には、真っ黒に焦げた牙突毘が、くすぶりながら大の字に両手を広げ、天狗を睨んで仁王立ちしていた。

 

「必死かよ…クソ犬」

 

 牙突毘は、両の拳を腰の位置に引いて、細く息を吐きながら、前屈みに背中を丸め腰を落とすと、勢いよく身体を起こして、一気に息を吸い込んだ。

 

 次の瞬間、牙突毘の口から天狗めがけて、炎の柱が放たれた。

 炎の柱は螺旋状に回転しながら、天狗に向かってまっすぐ進み、天狗は身体を反らすようにひねって、間一髪でかわした。はずであったが、炎の柱は、天狗がかわした方向へ振り下ろされた。

 天狗は腹に直撃を受け、そのまま地面に叩き落とされた。

 

 

 時は少し戻り…。

 

 柊は、天狗の言いつけ通り、その場から動かずにいた。

いや、禍々しい強大な気配に混乱して、身体が硬直し動けずにいた。

 

 すると突然大地が揺れ、驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。

 柊が、その震源が磐座のお社の辺りだと感じたと同時に、その上空に天狗が姿を現し、天狗を取り巻くように岩が舞っていた。

 

 天狗は、柊にこんな大きな霊力を見せたことがない。だからこそ柊には、天狗の緊張感がひしひし伝わってきた。

 

 天狗の(アマキツネ)の声と共に、天狗を取り巻いていた岩が、火球となって降り注いだ後、一瞬の沈黙が訪れ、柊はこれで終わったと思い緊張を緩め、纏った防御の気を解いてしまった。

 

 しかし、防御の気を解いたとほぼ同時に、爆発音と共に砲弾と化した岩が、ものすごい勢いで柊の目の前に迫っていた。

 柊は、ただ呆然と立ち尽くし自分の最後を感じると、目の前が真っ白になり、ゴトっという、岩の落ちる音で我に返った。

 

 自分の頭の倍はある焼け焦げた岩が、何故か足元に落ちている…。

 良く見ると、天狗に渡された尻尾が白く輝いて、その光が自分を包み込んでいた。

 

(これって…御守りだったんだ!)

 

 柊がその思いやりに感謝しつつ、お社上空を見て目にしたのは、再び立ちのぼった炎の柱に、天狗が地面へ叩き落とされる姿であった…。

 

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