第四話 柊

 師匠の天狗は、ずっとこちらで抜け穴を護っていて、あちら側には行ったことがないと言っていた。

 なのに小桜は天狗のことを、見ることすら畏れ多い御神獣と敬っている。

 数多は、小桜にその疑問をぶつけてみた。


「ところで、小桜さんは何で、師匠のことを天狗だって知ってるの?」


「ウチに代々伝わってるんです。天狗様のお姿が描いてある、掛け軸もあるんですよ」

「え?でも…小桜さんって、向こうの世界の人だよね?」

「ハイ、ずっと昔、私の家のご先祖様は、こちらの世界から渡って来たと聞いています。それ以来、私の家は御池のお社の宮司をしているんです」

 

 それを聞くと、天狗は磐座の上からふわりと跳び降り、小桜の顔を覗き込むように近づいて、

(そのご先祖様って…もしかして、ひいらぎという名なのではないか?)

 珍しく興奮した様子で聞いた。

 

「そうです!柊様です。やはりご存知だったのですね」

 と、小桜も嬉しそうに答えた。


(あのお転婆娘、向こうでも無事だったんだな…)

 そうつぶやいた天狗の顔は、少しほころんだように見えた。

 

「師匠、その柊って人…誰ですか?初めて聞いたんですけど…」

 一人話題に取り残され、数多は聞いた。

(あぁ、話してなかったか⁉︎)

「先輩弟子の天狗さんの話以外、他の人のことは、聞いたことありませんよ」

 

 天狗は目を閉じると、

(柊は、オマエんところの先祖の娘で、子供の頃から、オマエと同じようにワレが見え、話せた。ようワレに懐いておってな、ワレとの遊びの延長で、自然に能力を解放出来るようになり、早くから使いこなしておった)

 

 それは小桜にとっても初めて聞く話で、

「それじゃ、私と数多さんは親戚だったんですね!」

(そういうことになるな、柊はワレが知る中で、最も才能に恵まれた人間であった)

 それを聞き、数多は疑問を投げかけた。

「柊さんは何で向こうに行ったんです?やっぱ、力試しとかですか?」

 

(ワレのせいかも知れん…)


 天狗の表情が少し曇り、しばらくの沈黙の後、静かに天狗は語り始めた。

 

(この場所に磐座と社を置いた頃の、ここの結界は脆弱でな、向こうから来るヤバい客も多かった。それを案じた神は、ワレにこの場所を護らせることで、それを補っておったんだが…)

 天狗は一瞬苦い表情をしたが話を続けた。

(柊が、そう…小桜くらいの年齢の頃に、向こうから、ワレに匹敵する強さの客が出て来てな。勝つには勝ったが…ワレも深傷を負ってしまった…)

 

 

—— それは、いきなりやって来た。——

 

 夏の暑さもひと段落し、お社の周りの木々たちが、徐々に秋の装いに彩り始めた頃。

 雲一つない秋晴れの空の下、天狗は磐座とお社のある森を見下ろせる高さを飛行しながら巡回していた。

 その天狗の背には、長めのおかっぱ髪の快活そうな少女ひいらぎが、横座りでニコニコしながら乗っていた。

 

(コラっ柊、足をバタつかせるでない、落ちるぞ!)

「大丈夫だって、多分落ちても死なな〜い」

(かも知れんが…)

「試してみるね!」

 そう言うと、柊は体がくの字になるように足を振り上げ、後ろに倒れ込むと、回転して天狗の背から滑り落ちた。

 

(柊っ!)

 

 柊は、両手を広げ足を開いて、身体いっぱいに空気抵抗を感じながら、満面の笑みで落下を楽しんでいた。

 柊の身体が地面にぶつかる寸前、天狗が身体を滑り込ませると、

「え〜っ⁉︎もうちょっとだったのに〜‼︎」

 天狗の背で、柊は膨れっ面でブーたれた。

(もうちょっとじゃないわ!気をまとうのが遅れたら、オマエの身体なんぞ、熟した柿みたいに潰れるんだぞ!)

「ちゃんと纏えてるもん!」

 そう言って柊がふてくされた時であった。

 

 一瞬大地が浮くように揺れ、次の瞬間、磐座のお社の方向から太い炎の柱が上がった。

 

(なっ、何の爆発だ⁉︎)

 何の前兆も無く起こった異変に、天狗も焦りを隠せないでいた。

「なんか来るよ!」

 先に反応したのは柊で、言葉より先に、磐座のお社に向かって走り出していた。

(待て、柊!コイツはヤバい!)

 

 炎の柱の上がった磐座のお社に近づくにつれ、焦げたような臭いが強くなり、それを上回る禍々しい強大な気配の圧力に、柊は足を止めた。

「何これ⁉︎怖い…」

(オマエは、これ以上近づくな!)

 追いついた天狗が、見たこともない硬い表情で柊を制した。


(これを身に付けておけ)

 そう言うと天狗は、柊の頬をその大きな尻尾で優しく撫でた。

 すると柊の肩に、天狗の毛色と毛質とは違った、真っ白でキラキラと輝くふさふさな尻尾が乗っていた。

(ここから動くなよ!)

「天さん…」

 鬼気迫る天狗の表情と、命の危険すら感じる周りの圧迫感に、走り去る天狗の後ろ姿を、尻尾を握り締めたまま、柊は見送るしかなかった。

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