第九章 お花摘み、コアな罪➂
壬生家に、ふたたび西園寺が訪れていた。
中学を卒業して、そのまま武道を極めんと修練する忠嶺は学校に通っていないけれど、弟の忠未は学校に通っており、忠嶺のみで対応する。ちなみに、忠嶺も学校には通っていないけれど、大検には合格しており、高卒扱いにはなっている。
「鬼魅と会えましたか?」
西園寺はにこやかな笑みとともに、単刀直入にそう切りだしてくる。
「そちらの求めに応じて、会ってきたよ」
そういうと、懐からレコーダーをとりだす。
「だが、そちらの望む通りの結果かどうかは分からない。それでも、これにそれほどの価値があるか?」
「価値……? それはありますよ。我々にとっては外裏からの言葉ですから」
「ふ……。腐ってもご先祖様、か……」
壬生はレコーダーを渡す。それをうけとって西園寺も満足そうに「約束しておいた金額は、すでに……」
「金なんて後でもいい。それより、父の名誉回復は……」
「ええ、もう動いていますが、黄綬褒章や、藍綬褒章辺りで調整しています」
ホッとした様子で、忠嶺も頷く。
「ただ今のところ、まだ拘留された影響もあって、事務方が渋っているようです」
「あれは疑惑で、勾留までだった。罪に問われたわけじゃない!」
罰をうけた拘留と、警察に留め置かれるだけの勾留では、同じ発音でもまったく意味が異なる。
「そうでした。でも、そのときのこともあり、時期尚早だという話もあって……。今はもう少し、時間がかかるかもしれません」
忠嶺も、口惜しそうに唇を噛む。父親の名誉回復……。それを為しえてこそ、気が遠くなるほどの恐怖、命がけの依頼に応えた、というのに……。
西園寺は裏霞堂にもどってきた。そこにいる女性に気づき、丁寧に頭を下げる。
「これは二条 富美香様。今日はこちらにお越しで?」
富美香はまだ二十代で、この裏霞堂で開催される祗候会議に出席する機会は、これまでほとんどなかった。
「今日はお父様が出席できない、ということで、若輩ながら私が顔をださせていただきました」
富美香はスタートアップで起業し、成功するなどすでにかなりの地位にあり、礼節を弁えている点でも好感がもてる。ただ、その容姿は女優クラスとされ、そちらの方に目が奪われがちだ。
「二条様は、どうしたのです?」
「父も歳を重ねたからでしょうか。手術の予定が入っておりまして。これで三度目のポリープの摘出です」
ポリープと呼んでいるけれど、悪性の腫瘍であることは明白だ。
「放射光による治療がうまくいきませんでしたか……」
高速にした電子の、その軌道を少し変えてやると、エネルギー線がでてくる。それでがん細胞を攻撃する最先端の治療を、二条 房義はうけているはずで、その効果がでなかったからこそ、摘出という外科手術をうけるのだ。
「年齢的なもの……、また若いころからの不摂生など、様々な要因があり、治りにくいのでしょう。治療の効果がでていないのは残念ですが、父ももう55歳。ゆっくりと病気に向き合う覚悟でおります」
そうなると、この富美香が後を継ぐのか……。これは顔見せ、それが波乱を呼ぶなんて、このときはまだ誰も知らない……。
西園寺は控室で休む、白髪の女性のところへとやってきた。
「氏長者、こちらが藤氏夫人の声です」
懐から取りだしたレコーダーを、再生する。そこから流れた音声を聞き、最後まで確認したところで、車椅子にすわった高齢の女性は、静かに言った。
「これはオオハラの声ではありません。鏡姫王のものでもない。まったくの別人のものです」
「え……。それは……」
「間違いありません。これは我らが今、求めているものではない。はぁ……、我らはそれも見抜けないほどになりましたか」
その嘆息は、西園寺にとって首を絞められるより、厳しいものだ。
「申し訳ありません。では、再度その方らに裏世界で……」
「いえ、今は向こうが会いたくないのかもしれません。こちらが求めているのに、出てこようとしないのですから……」
そういうと、もう一回、女性はため息をついた。
「世界は双極でできている」
ぼろぼろの僧服に身をつつんだ男がそういうと、身形も立派な男は首を傾げた。
「双極……?」
「男女が一組みにならんと、子供ができないのもそれだ。陰と陽、浄土と冥土、だからこの世界には争いが絶えん。三は鼎足。三になればまとまり、落ち着くのに、この世界はあえて双極をえらび、二項対立により争いが起こり、滅びの元凶となる一方、進化、発展の源となる」
いきなりそんなことを言いだした、小汚い男を胡散臭そうに見つめる。ここにきて「できない」と言いだす。もしくは「やりたくない」と駄々をこねる。そんなことを怖れていた。
「ですが、私が望むのは世界の安定……」
「世界を三つつくることは不可能だ。三は鼎足である一方、その複雑さゆえ、人智による統制は不可能であり、自然にその安寧を委ねるしかない」
「それでは……」
「双極をうけいれるしかない」
清倉の家に泊めてもらうことになったのだけれど、客間は一つであり、六畳の和室に三つの布団が並べられた。
幼馴染とはいえ、三人並んで寝るのは十年以上ぶりだ。
「真ん中は……ボク?」
「そうなるでしょ。赤人はアンタの近くが、一番落ち着くんだから」
「これ、落ち着いているのかな……?」
髪の毛をもじゃもじゃしたり、服を引っ張ったり、まるで幼児のようだ。
「ふわ……。もう、私は寝るわ。おやすみ……」
昼間は仕事をしてきて、ほとんど一晩を追いかっけこと、めまぐるしい一日を過ごして疲れ切ったように小町は大きな欠伸をすると、スーツを脱いで、そのまま布団に倒れこんだ。
それは要するに下着姿……ということなのだけれど、すでに軽い寝息を立てている小町を起こすわけにもいかず、その上からそっと布団をかけてあげる。
ボクも夜には元気な八馬女の相手をするほど、余裕もない。山登りをして、そのまま夜通しで八馬女をとりもどすため、走り回っていたのだ。
「赤人も……、よかった……。また一緒だ」
布団に入ると、すぐにボクも眠りに落ちてしまった。
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