第九章 お花摘み、コアな罪➁

「でも、この様子じゃあ、恋もできないわね」

 天使は立って、腰に手を当てて八馬女を見下ろす。

「まぁ、恋愛はムリだろうね」

 ボクの髪型を、なぜかぐちゃぐちゃにしつづける八馬女は、女の子に興味ありそうにはとても見えない。

 天使はくるりと踵を返して、応接間をでていく。どうやら諦めてくれたらしい。

「ふぅ~……。あまり天使には詳しい話をしていないんだ。だから、裏世界のこともよく分かっていない」

「代々、追儺師を継いできたんですか?」

「そうだよ。うちは芸能一家などとされることもあるが、母が女優というだけで、父はちがう。表向き、会社を経営しているが、追儺師を継いで、その仕事をしてきた。オレもそれを継いでいる」

「坂神さんも?」

「あいつとは腐れ縁だ。ともに追儺師という役目を継ぐ。そうしてやっているうちにコンビを組むようになった。別に追儺師だから……ではなく、何となく気が合った、という感じさ」

 男気の強い清倉と、どこかつかみどころのない坂神。その二人の気が合う、というのは何だか不思議だけれど、コント師として二人の舞台をみると、息がぴったりなのがよく分かった。


「なるほど、引きずりこまれて……。しかしそれが鬼魅だとすると、ちょっと不自然な気もする」

「そうなんですか?」

「鬼魅どもは意思をもつ。逆に言えば、人としての気質をもつ。しかも、自らを高貴な立場だと考えるような奴らだ。そんな奴らは、自ら人を襲いはしないよ」

 ヨシノと遭遇したときのことを思いだす。強力な腐朽とされるヨシノは、見ているだけでボクを襲おうとしなかった。自分がそれをすれば簡単だったはずなのに……。

「その鬼魅と出会うと、今の八馬女のことも説明つくのかもな」

「はい。だからボクも裏世界に……」

「何の力ももたずに、か?」

 それを言われると、口を閉ざさざるを得ない。今回も思い知った。否、もう何度も痛い目をみそうになっている。ぎりぎりでかわし、今も無事であるけれど、紙一重に代わりなかった。

「オレが鍛えてやる」

 細身なのに、筋肉のつき方が尋常でない。それは魅せる筋肉ではなく、実戦で鍛え上げられた筋肉だ。それをもった清倉から迫られ、しかも自分の身の上を考えると、断るに断れなくなっていた。


 伊瀬のところに報告がてら、連絡を入れる。

「そう……。彼のところなら、大丈夫でしょう」

「知り合いですか?」

「狭い世界だからね。直接、会ったことはないけれど、有名よ。彼は」

 それは芸能の世界に携わる清倉だから、有名なのはその通りだろう。ただ、完全武装をした醍醐家の軍隊を相手にしても、一歩も退かないどころか、むしろ楽し気だったことなど、名を挙げるには十分な胆力ともいえた。

「私のところでは限界もあったし、彼を清倉家であずかってくれたら、堂上家の奴らもしばらくは手をだせないでしょ」

「そんな力をもっているんですか?」

「彼の家、芸能一家と呼ばれるでしょ?」

「あぁ、はい」

「でも、芸能活動をしているのは母親が女優、娘がモデルやアイドル、そして彼が芸人。父親は?」

「え? そこまでは……」

「芸能プロダクションの社長。しかも、メディアの世界にも隠然たる力を及ぼす、とされているわ。堂上家にとっても、自分たちが表にでることは望まない。強引な手をつかって清倉家から強奪……などとなれば、それこそ大ごとになるからね」

 なるほど、ふだんは堂上家を隠すよう、報道統制に協力しているけれど、その箍が外れれば、どう転ぶか分からない。清倉の父親の力、それが抑止力になる一方で、そこが妥協する懸念もあるようだった。


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