第八章 男・清倉 元輔⑤
そのころ、壬生 忠嶺と忠未の兄弟は、裏世界を奥へとすすんでいた。
腐朽と出会っても、忠嶺の剣と、忠未の機銃掃射で排除できる。ただし、機銃掃射は弾丸の数に限りもあるので、長くここにとどまる場合、忠嶺の剣術が頼みの綱ともなってくる。
「こんなところにいるのか?」
忠未もしばらく歩いても、偶に腐朽と遭遇するぐらいで、特に防御が厳しいように感じない、ここを進むことに不安を感じ始めていた。
「さぁ……。だが、執柄家の奴らがここにいる、というんだから、調査するしかあるまい。今回オレたちは、ただの雇われ、バイトだ」
自虐的に忠嶺もそう応じる。西園寺からの依頼であり、今回はカムヅミを探す、お宝探し的要素はない。むしろ人探し……、鬼魅探しという形であって、めざすべきところがちがった。
裏世界は、表の影――。だから、道に迷うと-いうことはない。どうせ世界が離れるときは、入った場所にもどされるのだ。先へ、先へすすんだところで、帰りを心配することもない。
ただ、出会う相手がどういう態度で接してくるか、こちらを歓待してくれるかどうかは不明だ。そもそも堂上家と、どういう関係を築いているかもわからなかった。
「しかし、どうして裏世界なんていうんだろう……?」
忠未も暇に飽かせたのか、何気なくそんな疑問を口にする。
「黄泉観察吏たちが、最初に呼びだしたのさ」
「でも、奴らはそう呼ばないだろ?」
「奴らにとって国のこと、世界のことを決めるのは〝裏〟――。そういう認識をもっていた。〝表〟には『正式、公式』という意味もあるが、表にだすようなときは、もう自分たちの手を離れた、ということなのさ。だから帷幕の内……という意味で、裏世界と呼んできた」
「…………あれ? おかしくないか? 裏世界が帷幕の内、ということは、奴らは裏世界も、自分たちの掌中にあり、と考えているのか?」
「そうだよ。だから、今でも堂上家では裏世界のことを『外裏』と呼ぶ。高貴な身分の者がいるところを『内裏』と呼ぶように、〝裏〟とされる自分たちの居場所、その中で内と、外を使い分けているんだよ」
「居場所ねぇ……」
「だが、奴らとて外裏において、何ら力をもたないことは認識する。だから黄泉監察吏を置いた。それが〝監察〟でしかないように、奴らにとってもそこは、統制すべき場所と考えていたのだろう」
忠嶺は壬生家を継ぐ者。その秘伝もうけつぐ立場だ。裏世界の成り立ち、この世界がどういう力学で動いているか? そうしたものも学んできた。その一部でも忠未に伝えるのは、もし自分に何かあったら……との深謀遠慮だろう。ただ、ここで忠嶺が倒れたら、忠未も危険になる。兄弟でここを抜けだす。裏世界で命を落とさないことが大切なのだ。
「兄貴、あれは……」
忠未も、人の気配すらないビルの前に、ぽつんと立つ腐朽の姿をみつけた。こちらを襲うでもなく、じっと見据えている。顔の下半分が崩れ、骨すら剥きだしになっている女性で、それを隠すためか、アゴをひいてこちらを上目遣いに、じとっとした目で睨んでくる。
「どうやら会えたようだ……」
忠嶺もゆっくりと近づく。いくら会いに来たとはいえ、相手は鬼魅だ。警戒する必要があった。
外観はまったく意味がない。こちらを見すえる眼光の鋭さからも、相手は確実に鬼魅だ。そして、その中身が誰なのか……?
「あなたは、誰ですか?」
忠嶺は慇懃にそう尋ねた。相手はまだ内裏にいて、自らを高貴な身分だと思っている。死んだとはいえ、裏世界にいる限り、まだ生きているかのように錯覚し、行動する相手だ。
「その方らは、我が一族の者ではないな……」
鬼魅は静かに、抑揚のない声音でそう尋ねてくる。敵意がないだけでもホッとし、忠嶺も言葉をつづけた。
「我らはその能力において、祖にあたる者がこの世界に関わる権を得ました」
「能……?」
「我ら、壬生一族は鬼道をたしなみ、一旦はウマコとともに東へと逃れた後、新国へ恭順した……という経緯をもちます。我らはそうして鬼道を用い、長きことこの国に仕えてきました」
「ほほう?」
「ただ明治の世となり、王政復古の下で、我が一族は華族にもなれず、臣籍から民へと降下しました」
「王政復古……。あんなもの、下賤の者が皇家にとりいって、高貴な我が一族の血を政治の中枢から排除しただけ……ではないか」
鬼魅は意思をもつ。そして乗っ取った相手の体、その記憶をも垣間見て、表の世界で何が起こっているか? その知識をもつ。
これは……。忠嶺も気づく。恐らく、探していた相手……と。
「私も王政復古を快し、とはしていません。ただ今は、そんな貴殿にお伺いしたいことがあります」
上唇や頬骨、それからアゴまで肉が剥がれているので、しゃべるたび、相手は歯のすき間から空気が漏れる。
それすらまるで、相手の権威であるかのように感じつつ、忠嶺は遜って尋ねた。
「ここ最近、黄泉渡りをした者がいる、と……」
「何を気にするか?」
相手は目を険しくする。顔は上半分しか表情筋が動かないので、表情を読むことが難しく、その目つきから読み取るしかない。
「ここもとで、そういった動きはなかったので、何かあったのかと、そうお尋ねしたく思います」
「黄泉渡りなど、それができる力ある者なら、容易に為す。それはこちらの一存ではなく、その者の事情」
「では、こちら側は特に関与しない、と……」
「是非もあらず」
忠嶺にとっても、その一言を聞ければ十分だった。
そのとき、世界が揺れだすのを感じた。忠嶺も自らの任務を果たし、ホッとしていると、不意に饐えた息がかかり、思わず目線をもどす。すると、先ほどまでやっと声がとどくぐらい、遠くにいた鬼魅が、まるでこちらを喰らおうとでもするかのような近さで、そこに立つことに気づく。
気配を感じさせず、また殺気すら漂わせず、ほぼゼロ距離で睨まれ、忠嶺も恐怖のあまり、言葉がでてこない。
「裏のことに、あまり関わるな。番外の者よ。キサマも我が眷属になりたくはなかろう? ほほほ……」
楚々とした笑い声を残して、鬼魅は消えていった。忠嶺も、あまりの恐怖で意識を失ってしまったが、そのときには裏世界からもどっていた。
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