第八章 男・清倉 元輔④
「清倉ぁぁぁぁッ!」
醍醐は焦っていた。身体強化の業は、数分が限界だ。それこそ息を止めて水に潜るようなもの。全力で動ける時間はそう長くない。しかも一度これを解除すると、しばらく体にダメージが残り、動きが鈍くなる。今のこのタイミングで決めないと、次に苦境に陥るのは、醍醐の方だ。
しかし、追いこまれているはずの清倉は、むしろ楽しそうに長い棍棒を縦横に振るい、どれだけ自分が傷ついても、むしろ興奮したように目を逆しまにして醍醐に攻撃してくる。
清倉とはこういう男だ。彼がヤクザを壊滅させた、などと言っても、暴力的なヤツなど五万といる。無茶をするヤツだって……。でも追いこまれれば追いこまれるほど力を発揮し、追いこめばそれ以上の反撃をくりだしてくるヤツは、この清倉を置いて他にない。ヤクザとて、こんな男と対するのは御免蒙るところであり、関わることすら厄介。無茶を平気で、無謀を承知で、徹底的にやってくる破滅型……。だからヤクザとて関わったことを後悔する。壊滅させた、のではなく、自分たちで壊滅した、という方が正しい。
「はぁんッ! これぐらいか、醍醐ッ!」
「清倉ぁぁぁぁッ!」
「かはッ!」
血を吐いて、醍醐は跪く。全身の毛細血管が破裂し、全身の鬱血した皮膚の下から血が噴きだしている。もう限界が来ていることは確実だった。
清倉は傷だらけ、ぼろぼろになりながらも、そんな醍醐を冷めた目で見下ろす。
「身体強化術……。それだけじゃない。自分の周りだけ、時間をすすめたな? だが執柄家の番犬、醍醐家の力もその程度で終わりとは……。堕ちたものだな」
すでに体を動かすこともできず、目も霞むけれど、醍醐も見下ろす清倉を見上げて「何を……。まだ……奥の手を……だしていないまで」
そんな抗う醍醐を、清倉はさらに蔑んだように見下ろす。
「無茶をするな。こんなところで命を落とす必要もあるまい。こっちは後輩をとりもどせれば、十分だ」
そういうと、清倉は棍棒を地面に突き刺して、両の掌をバチンと合わせた。
「六根、清杖ッ!」
そう大きな声をだして、清倉は歩き去った。
醍醐はゆっくりと、その場に倒れてしまう。そんな姿を見ることもせず、清倉は歩いていく。
勝った、とは思っていない。でも、一方が全力を出し切れなくなったら、もうそれは勝負じゃない。弱い者いじめをするつもりも、甚振るつもりもない。清倉には勝ち負けなどどうでもいい。ただ、最後まで全力を尽くす。その結果として、そこに勝利か死……、ウィン・オア・デッドがあるだけだった。
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