第八章 男・清倉 元輔➂
ボクと小町は、全力疾走をする八馬女を追う、二人の兵士を追っていた。八馬女はそれほど足が速い方ではない。小町と競争をしても、大体負けていたぐらいだ。兵士たちも、武装のせいで速く走ることができないようで、八馬女との距離が詰められないし、ボクたちも余裕をもって追いかけることができた。
しかし、こちらも追いつくことができないまま、どんどん清倉たちと距離が離れてしまう。
「はぁ、はぁ……、早く、赤人に……追いつかないと……」
「先に行って……。後で……必ず……追いつく」
小町を一人にするのは心配だけれど、今は一人で先を駆けていく八馬女を止めないと……と、思い直した。
速度を上げるけれど、兵士にみつかったら、それこそ邪魔されるのが分かっているので、間にいる兵士を迂回して、八馬女に追いつかないといけない。
速度を上げて、兵士たちを迂回しようとしたそのとき、兵士の足が止まった。
そうした理由ははっきりしていた。ボクたちは、醍醐家のある場所から、だいぶ離れてしまった。その近くでは活動を制限していたのだろう。ナゼなら、それを退治する家の近くなのだから。だけど、そこから離れたことで、ここに本来いるべきものが現れた。そう、大量の腐朽たちが……。
すぐに小町と離れてしまったことを後悔する。これまで腐朽と遭わなかったことの方が、不自然だったのだ。
逆に醍醐家の周辺から排除されてきたことで、その周辺にいる腐朽が大量になっているのかもしれない。そう思わせるだけの数だ。
八馬女は腐朽であり、襲われる心配はない。でも、小町はちがう。戦える武器なんてもっていない、普通の女の子だ。
兵士も、その数に度肝を抜かれたようだ。まるで壁のように腐朽が立ち塞がっており、機関銃を撃ち放ったところで一掃できる数ではない。
二人の兵士もすぐに逃げだす。すでに八馬女の姿はみえず、任務のために命を投げだす覚悟もないようだ。
ただ、そうなると小町とボク、二人に腐朽が向かってくることは確実だった。
小町だけでも守らないと……。ボクも慌てて小町の方に後戻りする。ボクが囮になってでも、小町だけは……。
腐朽が小町に襲い掛かろうと近づいていく。「小町ーッ‼」
そのとき、小町の前に立ち塞がったのは……。「赤人⁈」
そう、ゲンボウを吹き飛ばしたときのように、小町を守って、群がってくる腐朽の前に立ちふさがり、険しい双眸で見返しつつ右手を前につきだした。
ドンッ‼
まるでそんな音がしたかのように、衝撃波が八馬女の右手の中心から放たれ、同心円状に広がっていく。それに伴って八馬女たちに向かっていった腐朽たちは、大きく吹き飛ばされた。
小町のことは八馬女が守ってくれた。でも、そうなると危険なのはボク。八馬女のあの不思議な力も、せいぜい十数メートルのことで、ボクまで届くはずもない。自分で自分の身を守らないと……。
気が狂ったように、腐朽たちが殺到してくる。その狂気の中、ボクはたった一人で抜けださないと……。
「マロ~ッ‼」
小町の絶叫が響く。それぐらい、ボクは絶体絶命――。もう小町や八馬女の姿が見えないほど、ボクの周りには腐朽が群がっていた。
前回、腐朽に襲われたときは手加減があった。この体を、息子に譲り渡そうとするヨシノという鬼魅に、無傷で腐朽にするよう、命じられていたからだ。でも、今回はちがう。恨みや妬み、生者へのそうしたものを抱えた腐朽たちが、同じ目に遭わせようと、本気で襲ってくるのだ。
爪がかすっても、牙を立てられても終わり。ボクも腐朽にされ、彼らの仲間となって、この裏世界で過ごす……。
そんなこと、絶対にダメだ。八馬女をこのままにしておくことなどできない。小町にトラウマを残すようなことを、ここでするわけにはいかない。
生き続けるんだ!
八馬女はどうやった? 思いだせ! 空間を制するように、群がる腐朽たちを吹き飛ばしてみせたではないか……。
裏世界は、表の影――。空間は物理法則すら通じない、常識とは乖離した異世界なのだ。
そのとき、ふと八馬女がつぶやく。「できるよ、マロなら」
右手を前に向けて突きだす。腐朽たちの爪がボクの体を切り刻もうとした、まさにそのとき……。
空間が、壊れた――。
一斉に腐朽たちが、全身を無数に切り刻まれた。それは切ったのではない。空間に亀裂が走ったのだ。そこにいた者、腐朽たちはその断裂ごとに分断され、肉体がばらばらにされてしまう。
ボクも驚きのあまり、腰を抜かしたように、そこにすわりこむ。自分の周りの腐朽たちが、次々と形状を保てずに崩れていくのだ。
何が起こったか……それすら理解できないまま、その光景を眺めるばかりだ。
「マロ⁉」
小町も、ボクの周りから腐朽がいなくなったことで、駆け寄ってくる。ボクには幾ばくかの興味をもつ、心ここにあらずの八馬女も一緒だ。
「と、とにかくここを離れよう」
ボクと小町で、八馬女をはさむようにして走りだす。腐朽たちも警戒するのか、しばらく追ってこない。
それは醍醐家にもどる方向だからか? いずれにしろ危険を感じながらも、清倉と坂神に合流するしかないと、ボクたちは疲れ切った体に鞭打って走った。
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