第八章 男・清倉 元輔➁

 裏世界では、車などの移動手段はつかえない。徒歩で移動するしかないので、置いて行かれる心配はないけれど、かといって八人いる兵士たちは、それぞれ武器をもった相手だ。こちらは三人、ボクと小町はほとんど役に立たないし、坂神もただ飄々とした一般人だ。

「どうするんですか?」

「そうだなぁ~。五人ぐらいなら相手できそうだけど、それ以上はムッリ~」

「五人って……。大丈夫なんですか? 銃をもった相手に……」

「オレの心配する前に、残り三人、どう相手にするか、考えときな~」と、坂神はまるで緊張感もない様子で、銃をもった兵士たちの前に立ち塞がった。

「ようよう、どこへ行くんだ~い。オレの相手をしてよ~ん」

 当然、兵士たちは銃口を向けてくる。それでも、坂神はまったく雰囲気が変わることもない。

「銃弾ぐらいで、オレが倒れると思っている? ちょ~マジ、ムリ~」

 あまりの軽さは、この緊張した局面で、さらに緊張を増すことにもなる。しかも部隊を率いる醍醐 元真はここにいない。

 歯止めの利かない銃声が、一斉に響いた。


 だが、坂神は一発の銃弾も当たっていないばかりか、けろっとしている。兵士たちもさすがに驚き、坂神をみつめる。どんな手品をつかったのか? それを見極めないと自分たちが危険だ。

 ただその銃声に驚いたのか、八馬女がいきなり走りだし、彼らを振り切って逃げだした。

「お、追え!」と、二人が八馬女を追い、残りの六人がこちらを足止めするよう、銃を構えたまま立ち塞がる。

「ほら、行った、行った」

 坂神はボクたちの方を見ようともせず、手首をふった。追いかけろ、ということのようだ。

「でも……」

「邪魔、邪魔。邪魔だよ~ん。助けるんだろ? 行った、行った」

「坂神さん……、ありがとうございます」

 ボクと小町は、八馬女が走っていった方に、走りだした。

「マジ? 六人いる……。一人多かったじゃん! 勘弁してよ~」

 そんな飄々として、警戒感もない坂神のことを、兵士たちは警戒して緊張感を高める。当たり前だ。先ほど放った銃弾、そのすべてが何らかの術をつかい、全弾回避されたのだ。油断ならない相手、という認識はすでに共有された。だから六人で、彼を食い止める気だった。

 しかし、坂神はどこ吹く風とばかりに「真剣な大人って、嫌いっぽいよ。だから、たっぷり相手をしてやろうじゃん!」


 マシンガンで連射される銃弾を、清倉はその手にした棍棒で一発、一発、丁寧に弾き飛ばす。

「裏世界では、時間間隔は人それぞれ。銃弾ごとき、止まって見えるぞ」

 清倉の言葉に、醍醐もマシンガンを捨てた。

「元より、キサマにこざかしい銃など通用しないことぐらい、先刻承知の上」

 腰につけたアーミーナイフを左手に、右手には小型の拳銃を構えた。その銃は近接戦闘用、至近距離で放てば、その殺傷力はかなりだ。

「戦闘狂め……。特殊傭兵部隊で鍛錬をつんできた、その程度で実践をこなしてきたオレに敵うとでも?」

 清倉は片手で振り回すけれど、恐らくその棍棒は銃弾を弾き飛ばすところをみても鋼鉄製で、その重さは数キロで済むまい。

 その棍棒をドンと地面に突き刺し、清倉は自ら上着を脱ぎ放った。細身にみえるけれど筋骨隆々。ふたたび棍棒を手にすると、その盛り上がった筋肉はぶち切れそうなほどだ。

 だがそんな清倉をみても、見た目から勇壮な体躯をもち、軍服に身をつつむ醍醐が怯むことはない。むしろやる気を漲らせた。

「代々、黄泉観察吏を継いできた我が醍醐家、その力を見せてやる!」


 醍醐は一気に距離をつめた。清倉が水平にふり回した棍棒を、くぐってかわす。そのまま右手の拳銃を、相手の顔に向かって撃ち放った。近距離発射でも、清倉は軽く首をひねっただけでかわし、顔面にかするも、恐怖するどころか、眼を見開いて醍醐を見下ろす。

 そのまま棍棒を振り下ろすのではなく、醍醐に向けて真っ直ぐ突きだした。醍醐は体を捻ってかわすも、腰の辺りにぶつかり、そのまま回転して一旦距離をとるように離れた。

 それを追いかけ、清倉は棍棒をぶんぶんふり回す。リーチのある長い棍棒だ。拳銃で牽制しつつ、醍醐も何とか懐にとびこみ、ナイフによる攻撃をしようとするが、その隙は中々見いだせない。

 醍醐もジリ貧だと気づいて、大きく飛び退いた。

「さすがだな、清倉。金属バット一本で、ヤクザの事務所を壊滅させた、という噂は伊達じゃない」

「ふん! 噂じゃねぇ。事実だよ。だが、オマエほど厄介な相手はいなかった。それだけの話だ」

 拳銃とナイフをつかった、近接戦闘のプロ。ただ、それだけではない。

「呪われた血……などとされるが、我ら代々、黄泉と関わってきた血筋は、ただ黄泉と関われる……というだけでそうしてきたわけではない。その力の源をもって、キサマとも対峙しよう」


 醍醐の体は、みるみる肌の色が焦げ茶色へと変色していく。それは皮下組織において鬱血を示すものであり、体内にあるすべての血が、体表面へと一気に集まってきているようだ。

 それは非常に危険な行為だ。何しろ、人間は極寒であったり、大怪我を負ったりすると、体の深部に血を集中させて、生命維持を優先しようとする。それと逆のことをしている、自らの意志でそうしている、生命維持より運動能力を優先する、という意味で危険だった。

「生命活動を制限することで、瞬間的に運動能力を上げる……。醍醐家の秘伝という奴か……」

 清倉はまるで蔑むように、腐朽のような姿になった醍醐を見下げる。

「それだけだと思うな!」

 醍醐がダッシュをかけると、従前の数倍のスピードで動く。一気に清倉との距離を縮めた。

 しかし銃弾すらかわす清倉の動体視力は、人間が為す行動ぐらい、見抜けないはずもなかった。ただ、拳銃で牽制しつつ、ナイフで攻撃してくる醍醐の動きに、ワンテンポ遅れることが多い。ぎりぎりでかわすものの、避けたはずが腕、足などが徐々に傷ついていく。


 清倉も棍棒で相手をけん制すると、一旦距離をとった。

「なるほど、不可思議な術をつかっているらしいな。残像を追っていると、攻撃をかわすタイミングが遅れる……」

「さすが、もう見抜いたか……」

「男同士の崇高な戦いに、余計な術をもちこみやがって……。いいだろう、それで相手をしてやるよ」

 恐らく醍醐の技は、時間制限がある特別なものだ。何しろ、生命活動を犠牲にして運動能力の向上にまわしているのだ。何分ももつものではない。でも、清倉はその状態の相手に、わざと向かっていくつもりだ。

「男、清倉! 全力でいくぜ!」


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